第4話 暗殺依頼

「ふぅ……。50パターン以上の対策を考えていましたが、まさか簡単な部類の作戦で上手くいくとは。拍子抜けですよ、勇者ロードライツさん」


 そう言って口元の黒いマスクを下ろした"男の侵入者"は、安心した様子で俺の名前を口にしていた。

 どうやら俺が元勇者と分かって攻撃を仕掛けていたようだな。


 だが事態はさらに混沌を極める。


「に、兄様!?」


 なんと俺の連れてきた少女が、侵入者の顔を見た瞬間にそう叫んでいたのだ。

 まだ暗くてハッキリとは分からないが、少女の顔は驚きと恐怖に満ちているように見える。


「全く、厄介な人間に付いて行ったのでヒヤヒヤしましたよ、ねぇアルマ?」


 驚く少女に対して、侵入者の男は涼しい顔で答えた。

 目が少し隠れるぐらいの黒髪に、開いているの分からないぐらいに細い目。

 そして男は"悪役"にふさわしいような怪しい笑みを浮かべている。


 さらにここで判明したのは、少女の名前が"アルマ"ということだ。


 この時点で2人が知り合いなのは間違いないが、アルマの方が男を"兄様"と呼んだ事により、その関係性はさらに明白となったな。


「厄介な人間……?確かにこのオジサンにはスリを止められたりしたけど、毒で殺すほど厄介とは思えないよ!?」


「フム、やはり無知は罪だな。この男が本当に何者か知らずに付いていっていたとは……。やはり出来損ないは追放して正解だったようですね」


 すると侵入者の男は、これまでとは比較にならない程に下卑た笑みを浮かべ、アルマに対して意気揚々と語り始めた。


「そこに倒れている男はお前の好きだった勇者物語の主人公、聖女を無理やり殺して得た力で魔王を討伐した、あのロードライツ・ガーネットだよ!」


「……え?あの勇者が、このオジサン!?あっ、そういえば刀に力が宿ってるって言ってたのも……」


 そして徐々にアルマの頭の中で答え合わせが進んでいるようだった。

 腕を切り落とす行為を止めた反射神経、兄の素早い攻撃を食用ナイフで塞いだ判断力と技術。そして勇者物語の勇者と同様に、刀を扱う珍しい戦闘スタイル。


 それらが彼女の目にどう映ったのか俺には想像する事しかできないが、少なくとも今俺を見ているアルマの目は、数時間前までとは全く違っている事だけはハッキリと理解できる。


「アルマ、話を戻しますよ?とにかくアナタと話す為にはそのロードライツが邪魔だったので、まず戦闘不能にさせて頂きました。とはいえ魔王を倒したほどの実力者、どうすればアルマと2人で話せるか色々と考えていたのですが……簡単な奇襲で十分でしたね、カハハッ!」


 そう言って男は黒い手袋で笑う口を押さえながら、とても哀れなモノを見る目で俺を見ているのだった。

 確かにこれは屈辱的な状況だ。

 だが不思議と自分に対する情けなさの方が圧倒的に勝っているおかげか、男に対しての怒りは湧いてこなかった。


 ————次の言葉を聞くまでは。


「さてアルマ、時間がないので結論から言いますが……。私はアナタの方を殺しにきました。我がパルヘイド家の歴史に泥を塗った、アナタをね!」


「殺……す?」


「えぇ。父上直々の依頼ですよ。我ら暗殺一家、パルヘイド家の恥はシッカリ消しておけとの事です」


「メンデラお父様が、そんな事を……?」


 するとアルマは絶望の表情を浮かべると共に床にヒザをつき、その場に座り込んでしまった。

 まるで別人のようになった彼女の虚ろな目は、関係性の浅い俺ですら心が痛む。


 それにしても彼女はパルヘイド家の関係者だったのか。

 裏社会に触れた事のある者なら誰でも知っている、この国で最高にして災厄の暗殺家。

 魔王が死んだ今となっては、国同士の裏での戦争の主役とも言われている超実力者の集団だ。


「まったく、私は追放する時に殺すべきだと言っていたんですがね。案の定、王都に出た途端に元勇者に付いていって、余計な手間が増えてしまいましたよ」


「…………」


「しかし、まぁ……。憧れの勇者様の前で死ねるというのは、なんとも華々しい最後じゃないかアルマッ!最後まで人を殺せず、パルヘイド家の足を引っ張り続けた女の最後にしては贅沢すぎるほどにねぇ!?カハハハッ!!」


「う……うぅ……兄様……」


「もう兄などと呼ぶな部外者がぁあ!暗殺家の秘密をバラ撒く前に、とっとと死になさい、この歴史の汚点めが!」


 そして男は懐から2本目の刃物を取り出し、躊躇する事なく彼女に向かって投げつけていた。

 さすがは名門暗殺家、魔法の痕跡はほとんど残さず、刃物だけで全てのケリをつけるつもりのようだな。


 とまぁ、俺はこうやって冷静に分析できる程には既に回復していた。

 男がベラベラと話している間に、強力な毒や細菌を浄化する水属性の1級治癒魔法と、細胞を活性化させ傷を治癒する火属性の1級治癒魔法を右肩に使っていたのだ。


 もう同じ轍は踏まない。

 肩の激痛が10年前の戦いの感覚を無理やり呼び起こしてくれたような、そんな確信が身体中に駆け巡っている。

 

「死にさない、アルマ!」


「いや、死なせないよ」


 即座に立ち上がった俺は、男の投げた刃物に向けて食用ナイフを投げつけた。

 今まで投擲系の攻撃はあまりしてこなかったが、指先からナイフが離れるギリギリの瞬間まで視力と握力に魔力を集中して、あとは火属性の3級魔法で火力と速度を底上げして投げれば問題はない。


 多少ナイフの狙いがズレたとしても、火属性魔法の熱波によって刃物の軌道はズレるように計算はしている。


「ロ、ロードライツ!?毒が効かないのか……!」


 瞬時に俺が立ち上がった事に気付いた男は、即座に自身の指先をクイッと動かした。

 だがもう今回は見逃さない。なぜならその指先に付いた糸で刃物をコントロールしているのは分かっているからな。


【クインッ!!】


 そして案の定、不自然に進行方向を変える刃物。

 だが今回の攻撃に関しては、どうやら刃の毒だけではないようだ。


 おそらく追放したアルマの頭から、暗殺家に関する記憶を消しておきたかったのだろう。刃先には強力な魔法が練り込まれており、おそらく属性や魔法形成からして".記憶忘却系の魔法"のように見えた。

 仮にアルマを殺したとしても、死体から記憶を呼び起こす魔法使いがいる可能性もゼロではないからな。


 にしても、俺の動体視力でギリギリ認識できるレベルの、高度な魔法技術なのが驚きだ。

 これを見ただけでも、この男が暗殺家の中でもかなりの実力者なのが透けて見えるような気がした。


 ……って呑気に分析するのが俺の悪いクセだった。

 とにかくここは、刃物に触れずに対応するしかない!


 俺は左手をスッと上げ、そして刃物に向けて唱える。


土幻昇龍壁どげんしょうりゅうへき


 すると俺の左の掌から、龍の顔が大きく描かれた土の盾が出現した。

 この縦横50cmほどの盾は、土属性の2級防御魔法である。


 そして龍の口の部分は、俺に向かってくる刃物をゴクンと飲み込み、そのまま何事もなかったかのように消滅していくのだった。


「消化完了。小さな武器に対しては、この盾に限るよ」


 そして俺は男の方を再び見る。

 だがさすがは暗殺家の実力者、既に次の動きへと移っていた。


「もう直接殺すのが1番早いでしょう?」


 男は既に信じられないほどの速度でアルマへと接近しており、右手には次の刃物が握られていた。

 俺があの速度を出せば床が抜けてしまうだろうが、さすがはプロの暗殺者。床は最小限の傷だけで済んでいる。


 だが俺はもう焦らない。

 床が頼りないなら、床を補強すれば良い。


土瓦羅天どがらてん


 俺は土属性の3級魔法を使って、一瞬で足元に硬い土台を生成した。

 普段は街の左官屋が使うような低級魔法だが、魔法も使い方次第で可能性は無限大だ。


 そして間髪入れず全力のスピードで駆け出した俺は、アルマまで刃物が5cmに迫った所で、ようやく男の腕を掴んでいた。


「子供が殺されるのを、黙って見てる訳にもいかないんでね」


 そう言って俺は男の腕を全力で振り回し、その勢いで家の外へと一気に投げ飛ばしていた。

 だが割れたガラスから飛び出ていった男は、その間にも刃物をアルマと俺に向かって投げつけている。一瞬たりとも殺意を緩めないその姿勢、もはや感嘆に値するよ。


【シュゥン……!!】


 寸前に迫る2つの刃物。

 とりあえず俺はアルスの頭をガッと掴み、そのまま刃物を避けさせる。

 そして俺の方飛んできていた刃物は横から掴み直し、そのまま男に向かって投げ返していた!


「!?!?!」


 遠くて見ずらいが、目を見開いて驚く男の右肩には、間違いなく俺の投げ返した刃物が刺さっているように見えた。


 とはいえ自分で作った毒の抗体は持っているはずだ、このまま終わるとも思ってはいない。

 ならその前に俺はアルマに大事なことを確認しておかないと。


————「アルマ、君は生きたいか?」

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