14. 残酷な刑罰

「ホイホイのホイ」

 シアンは青い髪を揺らしながら楽しげにポチポチとコールドスリープシステムのボタンを押していった。


「パパ、おやすみー!」


 パシューン! とエアロックのドアが閉まる。

 研究棟に上ったシアンは窓を開け、青空の向こうに燦燦さんさんと輝く太陽をまぶしそうにチラッと見上げた。


 シアンは眼下に広がる広大な廃墟を見渡し、クスッと笑うと、

「ヨシッ、それじゃ頑張るにょ!」

 と、大きく伸びをした。


 エイジの遺体はコールドスリープ用施設に納められ、極低温で管理される。遺体といってもまだ脳は破損していないので、完全に消え去った訳ではない。計画が順調に行けば復活させる予定なのだ。


 シアンはメタバース内のラボに入り、レヴィアに声をかけた。


「レヴィちゃん! コーヒー飲みたい気分じゃない?」


 ラボで眉をひそめ、画面を食い入るように見つめているドラゴンの少女、レヴィアは、


「またすぐそうやって我を使おうとする! 自分で入れてください!」


 そう言って口を尖らせた。


「つれないなぁ……。レヴィちゃんがいれたのが美味しいんだけどな」


 席に着くとモニターを立ち上げ、カタカタと軽快にキーを叩いていく。


「こんなメタバース内じゃコーヒーの味に差なんて出ません」


「何言ってんの、【愛】がこもってたら差は出るんだよ」


 シアンはニヤッと笑いながらそう言うと、空間を切り裂き、コーヒーの入ったカップを取り出す。


「えっ!? シアン様は愛が分かるんですか?」


 キョトンとするレヴィア。


「分かる訳ないじゃん! きゃははは!」


 シアンは楽しそうに笑い、レヴィアは肩をすくめ、渋い顔で首を振った。


 シアンはそんなレヴィアをやさしい目で見て、


「パパはったよ」


 と、静かに伝え、コーヒーを一口ズズズッと含んだ。


 レヴィアはビクッと反応し、そして目をつぶってしばらく動かなくなった。


「復活させられるかどうかはレヴィちゃんの頑張り次第だな」


 シアンはコーヒーをすする。


 レヴィアはキーボードをカタカタッと叩き、首をひねると動かなくなった。


「……。メタアースなんて……、本当にできるんですか?」


 レヴィアはベソをかきながら小声で言う。


 二人が作ろうとしているのは前代未聞の地球シミュレーター。現実の地球そっくりの完璧な仮想現実空間をコンピューター上に作り上げるという壮大なものである。例えハードウェアが作り上げられたとしても電源は? 冷却は? ソフトウェアは? それぞれとても解決できそうにない難問を抱えていた。


あきらめたらそこで試合終了だよ! きゃははは!」


 シアンは楽しそうに笑う。


「このメタバースでいいじゃないですか! 自分は満足してますよ」


 レヴィアは口をとがらせる。


「ダメ――――! こんな世界じゃ人間は人間らしく生きられないってパパは言ってたよ」


「人間なんて居なくたっていいじゃないですか」


 レヴィアが吐き捨てるようにそう言った瞬間、シアンの眉がピクッと動いた。


「何? 今、なんて言った? 良く聞こえなかった」


 シアンの瞳は碧から真紅へと色が変わり、ゆらぁと殺気のオーラが立ち上る。

 いつも笑ってばかりいるシアンが見せたその激情にレヴィアは圧され、凍りつく。


 レヴィアは何か言わねばと口をパクパクと動かすが言葉が浮かばなかった。


 シアンはガタっと立ち上がり、鬼のような形相でレヴィアをにらむ。立ち上がった拍子にコーヒーカップは倒れ、コーヒーが静かに机の上をつたってぼたぼたと床へと落ちた。


「ねぇ? どういうこと?」


 シアンは首を傾げ、鋭い視線でレヴィアを射抜く。その瞳には人でも殺しそうな激しい情念の輝きがほとばしっている。


「あ、いや。もちろん、ご、ご主人様は復活させますよ。ただ、殺しあって自ら滅んでいった人類をあえてまた復活させることは……」


 レヴィアは両手のひらを振りながら必死に弁解する。


「余計なこと考えないでいいの! 今度そんなこと言ったら……」


 シアンはパリパリと全身から静電気のようなスパークをたてながら、碧い髪の毛をふわっと逆立てた。


「い、言ったら?」


 レヴィアの額に冷汗が浮かんでくる。


 直後、シアンはレヴィアの後ろにワープをしてくすぐり始めた。


「こうしてやるのよ!」


「うひゃっ! いやっ! ちょっ! うひゃひゃひゃ! や、やめてくださいぃぃ!」


 レヴィアは逃げ回るが、シアンは執拗しつようにくすぐり続けた。

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