12. 15ヨタフロップス

 核の冬が徐々に明けても人類の状況は悪化するばかりだった。大地は放射能に覆われ、育てた作物は食べることもできずにただ捨てられてしまう。食糧はがれきの下の昔の倉庫から掘り出したものしかなかった。


 人々からは活気が失われ、ただシェルターでじっとして日々を過ごす者ばかりとなる。警察がいないので自警団が治安を維持しようとするが、コミュニティによっては自警団自身がおこす犯罪が横行して暴力が支配する社会と化していた。


 そんな陰鬱な社会の中で元気なのは反AI宗教の【人類原理研究会】だった。彼らは弱った人々の心につけこんでどんどんと信者を増やし、データセンターを襲ったり、発電所に攻撃を加えたりとどんどん過激になっていった。


 エイジたちはたくさんのワーカーロボットで警備し、暴徒から防衛をするが、人間にけがを負わせるわけにもいかず、対応に苦慮する日々が続く。


 そんなある日の夕方、エイジはメタバースのバーで一人酒を飲んでいた。


 メタバースは閑散としており、やる意味がなくなってきてしまっている。そろそろ閉鎖を考えないとならない。


 エイジはどこで道を誤ってしまったのか分からず頭を抱える。人類のためを思ってシアンの力を使っていたはずだったのだが、結果からしたら自分が人類を滅亡に導いているようなものだった。


 もっとシアンの力を小出しにして徐々に変えて行ったらよかったのか、それとも最初から世界征服を狙えばよかったのか……。


 エイジはいろいろ考えたが結論は出なかった。


 カランとグラスの氷を鳴らし、棚に並ぶバラエティ豊かな酒瓶をじっと見つめる。


 このままだと人類滅亡は時間の問題である。脈々と続いた偉大なる人類の系譜を、輝かしい歴史を自分が潰してしまうのだ。それは耐え難い重圧となってエイジの心を押しつぶしていく。


 このままではダメだ。

 

 エイジはガリガリと爪を噛む。


 しかしいくら考えても人類再興の方法など思いつかなかった。


 エイジは髪をガシガシときむしり、ふぅと大きく息をついてバーの窓から眼下に広がる街の姿をボーっと眺める。


 荒廃しきった現実の世界とはうって変わってここの街の風景は美しい。暮れなずむ街の石造りの建物には精巧なレリーフが掘られ、窓には明かりがともり始め、茜色から群青色へとグラデーションを描く空には金星が輝き、額縁に入れたらまるで油絵になるようなアートの風格があった。


「良くできてるよなぁ。みんなここに住めばいいのに」


 美しいが誰もいない寂しい街はとても滑稽でエイジは深くため息をつく。



 カランカランと音がして誰かが入ってくる。シアンだった。


 エイジはチラッとシアンを見るとウイスキーグラスをグッとあおる。


「またパパこんなところでお酒ばっかり」


 シアンは可愛いほっぺたをプクッとふくらましてお説教する。


「なぁ、シアン。なぜみんなここに住まないのかな? 快適じゃん」


 エイジは窓の外を指さして投げやり気味に言った。


「解像度が足りないからだゾ」


 シアンはさも当たり前かのように言う。


「いやいや、何言ってんだ、ここのポリゴンのレンダリング数は……」


「ポリゴンとかじゃダメなのよ。もっとリアルじゃないと」


 シアンはエイジの説明をさえぎって諭す。


「もっと……、リアル?」


「ここで触れ合って、味わって、臭いをかいで、子供を作って……死ねないと」


「そこまでいったら現実世界じゃないか! バカバカしい!」


 エイジはグラスをテーブルにガン! と叩きつけた。


「でも、できるよね?」


 シアンは不敵な笑いを浮かべてエイジを見る。


「え……? そんなこと……できるのか?」


 エイジはタブレットを取り出すとざっと計算してみる。しかし、スーパーコンピューターを何億個並べたって人体一つ動かすことすらできなかったのだ。


「ほら、全然無理だよ」


 エイジは渋い顔をしながら計算結果をシアンに見せ、パンパンとタブレットの画面を叩いた。


「そんな厳密にやる必要ってある?」


「は? 厳密じゃない……って言うと……?」


「人間が見て聞いて感じるレベルでいいのよ。人間に素粒子の動きなんて見えないんだから」


 そう言ってシアンはカシスオレンジのグラスを傾ける。


「えっ!? 人間に知覚できるレベルのシミュレート……」


 エイジはもう一度タブレットで計算式を並べていく。


「出た! 15ヨタフロップス! スパコンの一兆倍だ!」


 その数字は気の遠くなる数字ではあったが、技術的に不可能とも言い切れない、何とも微妙な結果だった。


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