第42話 暗殺者 ナナシ
私の名前は、「ナナシ」界隈ではそう呼ばれている。
どこの界隈だって?
あなたが、想像しているモノよりずっと闇の深い界隈だ。
◇
今回の任務は単純だった。
対象は「カフェ・アンリミテッド」の店主。
依頼元は――悪魔の子らの会という団体からだ。詳しくわ言えない。一つ言えることは、連中は本気だった。
標的が「鍵を握っている」可能性があると。
私のような暗部の実行者が動員されるのは、たいてい本当に消したい時だ。
深夜一時。
閉店から数時間が経ったはずの静かな店内に、私は侵入した。
システムは簡単だった。扉の電子ロックは解除コードを取得済み。
防犯カメラは物理的に潰す。隣接の通りの防犯網は、今は眠っている。
音を立てずに店内へ。
硝子の壁、木のカウンター、アンティーク調の椅子。
場違いなほど穏やかな雰囲気に、私は一瞬だけ足を止めた。
「いらっしゃいませ、夜更かしさん」
声に振り返った。
そこにいたのは――店主だった。
……私のミスだ。裏口から入ったはずなのに、なぜか店主は先にいた。
「……」
私は咄嗟に構えた。
銃声を響かせない道具は手にしていたが、撃てなかった。
なぜなら、ソイツは、にっこりと笑って、
カウンターの奥で――コーヒーを淹れ始めたのだ。
「飲んでからにしない? 覚悟決まるかもしれないし」
まるで、客を迎え入れるような、完璧な接客だった。
私はそのまま、促されるままにカウンターに腰を下ろしていた。
なぜだ? 命のやり取りの場面で、私は……
彼女が静かに差し出してきた一杯のコーヒーは、
温かく、ほろ苦く、妙に心をほどいてくる味だった。
「……どうして、逃げない」
「逃げなきゃいけない理由がないからよ。あなたは殺す気がない」
「……!」
「目が言ってた。“迷った”でしょ」
私は沈黙した。
図星だった。たしかに、あの瞬間、コーヒーの香りに包まれた時――
『……その時、私は、店主を殺害することはやめた』
そして、私は自然と気持ちを吐露し始めた。
「……私の仕事は、人の命を奪うことだ。必要とされるから、やってきた。
でも時々、本当にこれでいいのか、わからなくなる」
「……誇りがない仕事は、長くは続かないよ」
店主は静かにそう言った。
「でも、誇りを持てないのは、その仕事のせいじゃない。
あんた自身が、“誇りを持っちゃいけない”と思ってるからよ」
「……」
「誰に命じられたとしても。あなたの一手は、あなたの意志で選べる」
静かだった。
静かで、まるで深海のような夜。
私は、店主の言葉を、心のどこかに染み込ませていた。
「ごちそうさま」
立ち上がった私に、店主は穏やかな笑みを返した。
それは、奇妙に美しい別れだった。
…外に出た私はふと星を見上げた。
都会は、星が良く見えない。
そんな、当たり前のことすら此処で空を見てみるまで知らなかった。
ずっと夜に仕事をしていたのに。
「実家にでも帰るか」
星がやけに綺麗に見えた実家に私は一度帰ることにした。
今日は晴れやかな気分だ。
ミスを二度もしたのに。
一度目は、店主に先回りされたこと。
二度目は
◆
――あの瞬間、コーヒーの香りに包まれた時
私は、店主を殺害することはやめた
さっき店にいた店主は、、、女だったからだ
そして標的の店主は、男のはずだ。
◆
私は歩きながら、小さく笑った。
「……おそらく、違う店に入ったんだろう。今日は二度もミスをしたな」
しかし、店の名前は「アンリミテッドで間違いないと思ったんだが」
本当は何処の店に入る予定だったんだろう?
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