第7話 どこでも楽しい
初七日のお経が終わると、準備していた仕出し料理を食べずに奈良の叔母さんは飛ぶように帰って行った。
他のメンバーは帰るわけにもいかず、口数少なく料理を食べていた。
「山下さんの葬儀は、また土葬やろか」
お父さんが住職さんに話かけた。
「いや、火葬にするて奥さんが言うてはった。たぶん、明日が通夜で明後日が葬儀やろな。もうすぐ、山下さんの遺体が家に帰ってくるし、失礼させてもらうわ」
枕経の準備があるのだろう。住職さんの残した料理を折詰につめて渡した。
「ほな、次は
そう言い残し、そそくさと帰って行った。
座敷に残されたメンバーは黙々と料理を食べ、早くこの場から離れたい雰囲気を醸し出している。座敷には位牌がおかれ、おばあちゃんの遺影がみんなを監視しているようだった。
「お母ちゃんの葬式、無理やり土葬にしたんが悪かったんかな」
おばあちゃんの遺影をちらりと見て珍しくお父さんが、弱気なことを言い出した。
「今更そないなこと言うてもしょあないやろ。兄貴」
「でも、山下さんも自分で死ぬようなことしたんやぞ。なんや、たたられてんのかも」
お父さんと叔父さんの言い合いに、昌代さんが参戦する。
「たたられてるて、何に? やっぱり、サンマイなんかに行かん方がよかったんよ。ひょっとして、あの野辺送りのメンバーが順番にたたられるとか」
「嫌なこと言わんといて! 昌代さんは行ってへんけど、私は行ったんよ」
晴子さんが、金切り声をあげると、「晴子さんはちゃんと、足あろてたやろ」と昌代さんがなだめても、晴子さんの顔色は青白いままだった。
四人は、「でも……」やら「俺もあろたけど……」など、口々に怯えを口にする。
収拾がつかない状態の中、ずっと黙っていたお兄ちゃんが水をさす。
「もうやめときましょ。山下さんのことに関しては、うちに関係ない話や。この地区は高齢者が多いんやし、そらお葬式も重なるて」
「まあ、そうやなあ。この辺は年寄りばっかりやしな。偶然やな、偶然。りょうちゃんの言う通りや」
叔父さんがころりと態度を変えて、お兄ちゃんの台詞にのってくる。誰かに不安を打ち消してもらい、安心できることを言ってほしかったのだろう。
「ところで、涼太はいつまでここにおれんのや」
本来の予定ではお兄ちゃんはとっくに帰っている。いつまでいるのか私も正確には聞いていない。
「有給のばしてもろたし、もうちょっとここにいます」
「そうか、そらよかった。こないに立て続けに不幸が重なったら、ひとりは怖いわなあ」
お父さんの何気ないひとことが、胸に刺さる。お兄ちゃんが帰れば、私はここにひとり残される。しおらしく、お父さんの言葉にすなおにうなずいた。
嘘をつくのは、慣れているから。
初七日の食事は早々に終わり、叔父さん夫婦とお父さんたちが帰ると台所に私とお兄ちゃんだけとなった。
「明日、日曜日やなあ。山下さんの通夜と葬儀には父さんたちが行くし、俺らは関係ない。どっか、遊びにでもいくか」
お皿をふきんでふいていた、私の手がとまった。
「ええの? お兄ちゃん疲れてへん? 掃除とか準備今日大変やったやろ」
お兄ちゃんの大きな手が、私の髪をくしゃりとなでた。
「俺より、六花は大丈夫か? 最近朝、体だるそうやし」
「私の体が、だるいのは……。それはその、夜の――」
口ごもると、耳にお兄ちゃんの吐息が流れ込む。
「そやな、毎晩やもんな。今日はやめとこか」
意地悪につり上がった唇が、にくらしい。私が拒否しないとわかっているくせに。
「朝ゆっくりしてたら、出かけられる。村から出て、デートしてみたい」
この村にいる間は、あくまでも兄と妹の関係から逸脱できない。ここを離れて私たちの関係を知らない人ばかりの場所に行けば、堂々と恋人同士としてふるまえる。
恋人同士? 私たちの関係は、恋人同士であっているのだろうか。
「恋人みたいに、デートしてくれんの?」
「もちろんや。じゃあ、決まりやな。どこ行きたい?」
そう訊かれて、弾んだ心が一瞬停止する。
「そんなん言われても、デートしたことないし。どこ行ったらええかわからん」
六花は、お兄ちゃん以外の男とつきあったことがなかった。もちろん、私も。
「そうやなあ。ちょっと遠出しようか」
お兄ちゃんは、濡れた手をタオルでふきスラックスのポケットからスマホを取り出した。
「京都は? 京都のデートスポットに、京都水族館があるけど」
「京都に水族館なんてあるの。海沿いやと遠いやろ?」
「違う、京都駅のすぐ近くや」
「そんなとこに、できてるんや。知らんかった。でも海水はどうやって運んでるん?」
「運んでるんやなくて、作ってるみたい。人工海水百パーセントて書いてる」
「すごい、技術やな」
私が感心していると、お兄ちゃんは顔をのぞき込んでくる。
「ここ、行きたい?」
「うん、行きたい。水族館行ったことないし。というか、お兄ちゃんといっしょやったら、どこでも楽しい」
私はとびきりうれしい声を出して、お兄ちゃんに抱きついた。お兄ちゃんは了承がわりのキスを私に落とす。
柔らかく温かい唇によいしれていると、今日の山下さんに対する嫌な気分がすっかり消えていった。
あの時、決心してよかったと会心の笑みが顔に広がる。山下さんの家の前に車を止めた時は、どうしようか悩んでいた。
やっぱり、よくないことだと思ったから。
でも、六花が背中を押してくれた。六花の言う通りにしてよかった。山下さんが、イツキさまが鬼だとお兄ちゃんに教えたら、こうしてデートの約束なんてしてくれなかったかもしれない。
六花の手を借りて、山下さんを殺して本当によかった。
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