第12話


「やあ、ストーカーさん」


 俺は男にスマホを向けながら続ける。


「証拠は撮れてるけど、どうする?」


「っ、このっ!」


 俺からスマホを取ろうとしてか、殴りかかってきた。


 ……素人か。


 俺はひらりと躱しつつ、足をかけて転ばせる。


「やましいところを撮られて嫌がる。なんだ、ストーカーの自覚があるんだ」


「ちげえよ!」


 起き上がったところをまた転ばせる。


「く、くそっ……おえっ!?」


 横っ腹に爪先をめり込ませた。


「まだやる?」


「う、うるせえ!」


 再度立ち上がったので、躱し様に足を踏みつけて転ばせる。


「踏まれた痛みと捻った痛みで辛いだろう。これからもっと辛くなるよ」


 びくっ、とした男はそれでも殴りかかってくる。


 仕方がないので、徐々に、徐々に痛みを強くなるよう攻撃する。


 立ち上がる気を挫くために、何度も転ばせ、その度に強い痛みを与えていると、すぐにも立ち上がることをやめ、泣き出した。


「う、ぅ。どうしてだよ。俺は犬上が好きなだけなのに……」


 まるで悲劇のヒロインぶる男に冷たい声を浴びせる。


「わからない? ならもう少し痛めつけないと?」


「な、なんで?」


「本当にわからない?」


 ひっ、と恐怖の声を出した後、男は観念した。


「お、俺が悪かった。犬上の気持ちも考えず、つきまとっていた……」


「そうだね。嫌われていることを見て見ぬふりしていることを理解しているじゃないか」


「う……」


「う、じゃないよね?」


「はい。言う通りです……」


「そう。で、嫌われてるのにも関わらず、つきまとっていたのは、ストーカーっていうれっきとした犯罪行為なんだけど、それもわかるよね?」


「……はい」


「なら私がこの映像を警察に持っていけばどうなるかもわかるだろう?」


「お、お願いします! それだけはやめてください!」


 必死に頭を地面に擦り付けた。


 このごに及んで我が身が可愛いとは、どうしようもないな。


 警察に持ってくのが正解だろうけど、警察沙汰にして色々失わせれば、こいつは無敵の人間になる。そうなると面倒だし、我が身が可愛いままでいてもらおう。


「犬上優子に近付かないと約束できる?」


「は、はい!」


「うん、動画に納めた。次近づいてきたら、警察に持っていく」


「わ、わかりました」


「じゃあさっさといって」


 男は頷いてよろよろとしながら去っていった。


「さて。優子、大丈夫?」


「……うん」


 俺はへたり込む優子の前で屈む。


「よく頑張ったね。もうこれから何にも怯えなくていいよ」


 と、俺はとびきりの笑顔を向けた。


 優子の頬がひくつき、あ、あ、と声にならない声が漏れ始める。


「1人でいるのは辛かったでしょ。これからは友達を作ってもいいんだよ」


 目には涙が滲んできた。


「怖がることはないから安心して。また何かあっても私が守るから」


 頭を撫でる。すると、優子が胸に顔を埋めてきた。


 決壊したような涙と声。優子はひたすらに泣いた。


 優子は泣き止むと、赤い顔を向けてきた。


「桜路ぃ、本当にありがとぉ」


 鼻声の優子に笑いかける。


「気にしないで。それより……」


「それより?」


 首を傾げた優子の涙を指で拭う。


「このまえさ、女の子のこと好きなってよ、って言ったよね? どう、好きになった?」


 しばらく間があって。


「……好き! 大好き!」


 優子は想いを込めるように、必死に伝えてきた。


 そんな顔はあまりに綺麗で確信する。この恋する表情、女の俺に落ちた、百合に落ちたな、と。


「そっか」


「うん、好き。大好き」


 嬉しそうに、幸せそうに、噛み締めるように言った優子。


 うん、あとは最後の仕上げだ。


「ありがと、優子。今日の最後に聞いて欲しいことがあるんだ」


 スマホを差し出す。SNSの画面には、『今日、久しぶりに優子と同窓会する』というつぶやきが映っている。


「え、これ? 中学の時の友達のアカウント……どうして?」


。だからこれからは、久しぶりに友達と遊んでおいで」


「桜路……」


「待ち合わせ、すぐそこの喫茶店。そろそろ集まってると思うから、行っておいで」


「……うん! ありがとう、桜路!」


 優子は立ち上がり、走り出した。そして途中で振り返り、大きく手を振ってきた。


「桜路! 大好き!」


 真っ赤で、それでいて清々しい顔つきの優子に、俺も手を振り返した。

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