第11話


 私、犬上優子の中学3年生の話。


 私はそのころ今のようなトゲのある人間じゃなかった。むしろ誰にでも優しい人間であると言ってよかった。


 当然、友達もいた。私に添ってくれる友達が何人もいた。


 今思えば心地いい時だった。幸せなときだった。だから浮かれ調子に乗った。


 修学旅行の班決め。男女3:3になるような班分け。私たちの班には、当時孤立していた男の子が同じ班になった。


 私はその子にも優しく接した。


 旅行中、殻にこもったその子に話しかけたり、よくわからないアニメや漫画の話にも頷いたり、一緒にトランプで遊ぼうと誘った。


 孤立していたのも頷けるほど彼は尖っていて、目に余る言動が多かった。けど、旅行の空気を悪くしてはいけない、となんとかとりなした。すると、彼が近づいてくるようになった。


 自分語り、自己中心的な物言い、妙な上から目線。眉をしかめることも多かったが、別に普通に接してもらう分にはよかった。


 だけど旅行中、話題に割り込み、自分の話をする。女子部屋にこようとする。つきまとってくるようになった。


 そんなのが続くと、流石に嫌厭たる気持ちが育まれる。


 嫌で仕方なかったが、旅行中だけだと優しく接した。


 だが、旅行中だけで終わらなかった。


 日常生活でも、彼は私につきまとうようになった。


 友達と話していれば割り込んできて、休み時間になれば私のもとへきて、休日も遊びに誘ってくる。


 もちろん、やめてくれ、と伝えた。何度も何度も伝えた。だが彼はそれをツンデレがどうのと言って、まともに取り合ってくれなかった。


 ストレスは次第に溜まり、限界に近づき、それを見かねた友達が、私に付き纏うな、と伝えた。


 彼は激昂した。口を挟むんじゃない、と。そして友達に手を出した。


 赤くなった頬を未だに私は覚えている。


 強い後悔を覚えている。


 優しく接した結果、このようなことになったのだ、と。


 その後、先生に相談して、親伝いに彼に連絡が入って私に接してくることはなくなった。


 だが、それは表での話。ストーカーとして付き纏われるようになった。


 気持ち悪く怖かった。先生、警察に相談した。


 しかしそれは改善されることはなかった。


 通っていた中学は名門。そのような事件を認めるわけにはいかない。


 一向に取り沙汰されることはなく、それに友人たちが怒った。


 そのとき、私は思った。


 このままだと、また友人に被害が及ぶ、と。


 そして私は外部進学した。


 今度は優しく接することのないよう気を付け、日々を過ごした。


 孤独に耐えかね、幾度も涙を流した。


 そうして限界が来る。疎外感にすり減った心は甘え、また友達を作ってもいいのかな、なんて考えだした。


 しかし、ある日のこと。日用品を買いに、寮から1人で出かけた時、見つかってしまった。ストーカー行為を続けていた彼に見つかってしまった。


 どうして俺を置いていったんだよ、と喚きながら追いかけられ、逃げ惑った。だが捕まり、殴られてしまった。


 倒れてすぐに立ち上がって逃げ、なんとか人通りの多い道に入る。追いかけてこなかったが、その足で交番に入り込んだ。


 被害を訴えたが、これもまた証拠不十分として取り扱われることはなかった。


 それから私は寮から出るのが怖くなった。いや。出られなくなったのだった。


 ***


 恐怖の中、何とか、目的の店までたどり着いた。


 後ろに気を配ってから、店に入る。


 メモを取り出して、目的の商品をカゴに入れていく。


 全て入れ終わり、レジへ。借りた財布を開けると、押しボタン式の防犯ブザーが入っていた。


 財布に入れるものなのか、と首をかしげながら、ブザーではなく札を取り出して、会計を済ませる。


 それから商品の袋を携えて、帰路をたどり始める。


 恐怖に耐えながら歩き、大通りから道を外れた時だった。


 ———背中に視線を感じた。


 駆け出した。


 遅れて後ろから忙しない足音。


 走る。思いっきり走る。


 息が苦しくなっても走る。


 だが無情にも足音は近づいてくる。


 逃げきれないと思った私は、財布を取り出してブザーを手にする。


 ボタンを押す。


 ———が、鳴らなかった。


「追いついた」


 振り返ると、彼だった。


 なんで、どうして……。


「あ、あ」


 恐怖に短い声が漏れる。助けを求める声が恐怖に出ない。


「同窓会に集まるってのは本当だったみたいだ」


 なんて呟いて、にじりよってくる。


「なあ犬上、どうして俺のそばにいないんだよ? 俺が好きだったらそばにいろよ?」


 恐怖に何も声がでない。


 代わりに涙ばかりが溢れ出る。


「そんなに俺と会えたことが嬉しいか?」


 おい、と男が怒鳴った。


「嬉しいって言えよ!」


 恐怖に腰が抜けてへたりこむ。


 そのとき。


「やあ、ストーカーさん」


 と呑気な声の桜路が現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る