五十鈴川家は、パーティー好き

 俺は、なずなと顔を合わせないように、早めに二階に移動した。


「あんたは、もっと早く来て準備してほしかったのに」


「それなら、そうと言ってくれ」


 ブツブツ言いながら、キッチンからテーブルへ料理を運ぶ。父さんと花梨かりんも、箸やコップを並べたりしている。


 家族総出で食事の準備をするのは、五十鈴川家の常識だ。料理を作るのは主に母さんだが、時々、父さんが作ることもある。できた旦那だ。


 リビングのテーブルには全面にクロスが引かれ、その上に所狭しと料理が並んでいる。


 唐揚げにスモークサーモン、ポテトサラダ、山盛りのカットステーキ、などなど……。


 誰がこんなに食う? 俺が食うけど。


 十九時の直前に、階段と繋がるドアがノックされた。


「あっ、なずなちゃんね。入ってちょうだい!」


 キッチンの中から母さんが声を張り上げる。


「おじゃま……します」


 ドアをゆっくり開けたなずなが、申し訳なさそうに入ってきた。他人の家にお邪魔するようなものだからな。


「もう、準備できるから座ってて」


 花梨かりんが椅子の一つを引いて「ここへ」と示す。なずなは「わ、すごい」と小さく感嘆した。それは、素直な感想に見えた。


「あなたは、ビールでいい?」


 バタバタと飲み物やら皿やらを準備し、花梨かりんがなずなの隣に座る。テーブルは正方形の大きなもの。


 一辺に二つずつ椅子が設置されている。俺は花梨かりんの横の一辺に腰かける。


 そして、瓶ビールを片手に父さんが、さらに、母さんが両手に抱えていたケーキをテーブルに置いて着席した。


「ケーキは、写真を撮ったら一旦、冷蔵庫にしまいましょう。じゃあ、まずは、いただきます!」


 五十鈴川家が申し合わせたように手を合わせる。なずなも、ハッとして同じように手を合わせた。


「じゃあ、俺は唐揚げっと」


賢智けんち、写真が最初って言ったでしょ」


 小姑のように花梨かりんが、箸を伸ばした俺の手の甲をピシッと叩く。


「腹減ったんだけど」


 母さんはすでに、スマホを構えて写真の準備を整えていた。


「じゃあ、なずなちゃんと、花梨かりんをまず取りましょう。料理も入るようにっと」


 ピースする花梨かりんと、恥ずかしそうに笑うなずなのショット。


 次に俺はなぜか、唐揚げを大口で食べる様子を、静止状態で一枚。最後に父さんと母さんで一枚。


 そして、食事開始。


 さあ、食うぞ。


「すごい、料理ですね。今日は開館記念だから……ですか?」


 料理を一望しながら、なずなが尋ねる。その瞳は、子供がご馳走を目にしたときのように輝いているように見えた。


「そうね、今日は記念日だからね。なずなちゃんっていう、家族も増えたし」


 母さんの言葉に合わせて、花梨かりんも「可愛い妹ができたみたい」と付け足す。


 横目でチラッとなずなを見ると、顔を赤くして箸でつまんだサーモンを口に入れていた。


「うちは、何かあるとすぐに、パーティーをしちゃうもんでね」


 父さんは手酌でビールをグラスに注いだ。


 それは事実だ。誕生日、卒業式、入学式、クリスマスは当然ながら、父さんのボーナス支給日もパーティー。何かにかこつけて、騒ぎたいだけなのかもしれんが。


「私、一人っ子で、父は仕事遅かったり、海外出張が多かったり、母もフルタイムで働いてて遅い日があったりで……」


 語尾は濁していたが、まあ、つまり、一人での食事が多いって言いたいのだろう。


 その点では、うちの父さんはそれほど残業もしないので帰宅は早いし、海外出張も稀だ。家族で揃って食事をする率は高いのかもしれない。


「そう。じゃあ毎晩、ご飯食べに来てよ」


 花梨かりんがなずなを覗き込んで、調子のいいことを言う。


「そうね、ここに慣れるまで自炊も大変だし。賢智けんちも、たまには来てもいいわよ」


「おい! なんで、俺の方が別の家の子みたいになってんだよ」


 突っ込みとともに、笑いが沸き起こる。なずなもつられて笑っていた。



 しばらく、談笑が続く。


賢智けんち、ご飯おかわり?」


 既に四杯目の白米を食べ終わっていた。


「なあ、母さんマミー、このシェアハウスって、マンションやアパートみたいなもんか?」


 言った直後に、ぐほっと噴き出す声。


 そちらを見ると、なずなが口を押えている。体が微妙に振動しているのは、笑いをこらえているからのようだ。


 やべっ、母さんのことをいつもの勢いで『マミー』と言ってしまった! 不覚。こいつに弱みを握られてしまう。ちゃんと、母さんと呼ぶようにしよう。


 差出した茶碗を受け取った母さんが答える。


「基本的には、何年も住んでもらうことは想定してないわ。人が入れ替わって交流していくのがシェアハウス。それが醍醐味なのよ。あっ、なずなちゃんは別よ。何年でもいてくれていいからね。大学生になっても、ここから通ってね」


「そうそう、部長の海外転勤もいつまでか分からんからな」


 勘弁してくれ。


 この緊迫した生活が続くと思うとストレスで痩せてしまう。もしくは、ストレス食いで、必要以上に体重が増加してしまうかもしれん。

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