俺たちのスターマイン
維 黎
星に願いを。
椅子に座らず開閉ドアに寄りかかるように立っていたのだが、車窓に自分の顔が映るのを見て、何とも冴えない疲れた顔をしているのに気づく。
今日の残業は1時間もなかったけど日常業務がいつもより濃かった。
疲れた。
まぁ、この時期に忙しくなるのは俺だけじゃないだろうけど。
「っはぁ」
つい溜息が出てしまった。通勤電車の車窓が数秒曇る。
あぁ、やだやだ。おっさん臭ぇなぁ、俺。
と、車窓を流れる景色が臨海エリアを映すと、夜空が突然ライトアップされたかのように明るくなる――が、ほんの数秒で消えた。
(――花火か)
一瞬、口をついて出そうになったが、俺はハッとして自制した。独り言を聞かれるのはさすがに恥ずかしい。
爆発音が車内でも微かに聞こえたが、反対側の席に座っている乗客は気づいていなかったようだ。
この時期に花火って商業施設エリアか何かの催しか?
「おもちゃ買って!」
「!?」
可愛らしい女の子の声がして、俺は思わずその声の主を探してしまった。
反対側の座席シート。当然だけど知らない女の子。でも――。
あぁ。懐かしい。
女の子とおそらくお母さんだろう女性がどんな会話をしていたのかわからないけれど。
俺はしばし郷愁に誘われた。
⋇⋇ ⋇⋇ ⋇⋇
『おもちゃッ!!』
何故か特定の女子にそう呼ばれていた俺。
俺が通っていた小学校のクラス替えは二年に一度。三年生の時も同じクラスだったはずなのに、四年生になって仲良くなった理由は――思い出せない。たぶん、なんか理由があったんだろうけど、俺の中には記憶がない。ちょっと考えても――ん、わからん。
夏休みの登校日。
今となっては覚えていない。六日? 九日? 今は登校日がない学校も珍しくはないらしいけど。
とにかく登校日の日は学校区内にある海水浴場の浜辺で花火大会があった。
当然ながら、よほどのことがない限り小学校の生徒は花火を見に行く。俺もあやちゃん、りーちゃん、みっちゃんと花火を見に行った――って、なんか恥ずいな、今更の愛称呼称って。思ったよりも。
というか、俺は小学生の女の子に相応しい愛称で呼んでたのに俺には『おもちゃ』って。
たぶんちょっかいをかける相手、つまり"おもちゃ"みたいにイジって遊べるという意味での親しみとか愛情の現れ――だったらいいなぁと今になって思う。
決してイジメではなかったと断言はできるけど。
億が一、彼女たちの中ではイジメだったとしても、俺的には三人に構ってもらえてすっげぇ嬉しかった記憶しかない。本人が喜んでるんだからイジメは成立しない。
余談だけど、今はあだ名とか愛称とかもダメらしいね。意図するところはわからんでもないけど、なんか寂しい話。
四人の中ではあやちゃんがリーダーっぽかったような気がする。『おもちゃ! 花火いくで!』みたいな。
そうやって誘われたかどうかわからないけど、自転車で小学校に集まって四人で一緒に行ったと思う。
俺の家は海水浴場と学校の間にあって、学校集合って海とは反対方向だったのだが。まぁ、嫌と云えるはずもなく。
で、肝心の花火は、まぁ綺麗だったと思うけど、ほぼ毎年見てたような感じだったから、特別『すげぇ』ってことにはならなかったと思う。ただ特別感はあったかな。初めて家族じゃなく友達だけで見に行ったから。
あぁ、思い出した。
クラスの女子の大半で流行ってた合言葉だか呪文だか、よくわからない言葉があった。
『あーろーはー、いえろーわー、じげぞーばーぞーじーぞー、ぼんげんぼんげん』
まったく意味不明。
そして女子の間で流行ってたこの呪文をなぜか知ってる俺。そして今でも覚えてる俺。
漠然と、みっちゃんがよく口にしてたような気もする。
そのみっちゃん曰く。
『花火大会の最後の打ち上げ花火はスターマインって云って、バーンって鳴ってから消えるまでにお願い事したら叶うんやって。スターは"星"って意味やから』
そんな事を教えてくれた。
ちなみにりーちゃんは大人しくて、あんまり話した記憶がない。いつも一緒にいたけど。
今思えば、小学校四年生が人生で一番のモテ期だった……。
⋇⋇ ⋇⋇ ⋇⋇
何の願い事をしたかはまったく記憶にない。
五年生になる前の春休みにみっちゃんは別の学校に転校して、あやちゃんとりーちゃんとも五、六年は別クラスになってから疎遠になった。
四人で見た最初で最後の花火大会だったんだけど。
あの海水浴場でやってた花火はスターマインって云う花火だけど、厳密には花火の名前じゃなく打ち上げ方法の呼称で、かつ、和製英語らしい。
スターマイン=星地雷
俺ら、地雷に願い事してたみたいやで? みっちゃん。
――了――
俺たちのスターマイン 維 黎 @yuirei
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