寿司屋の板前さんま

冲田

寿司屋の板前さんま

 いらっしゃい!


 ……おや、びっくりした顔をしていますね。ははは、いや、当然ですよ。初めて来て下さったお客様はみなさんそんな顔をなさいます。まさか、寿司屋の一角でまな板の上のサンマがはっぴ着て寿司握ってるなんて思わんでしょう。……ええ、もちろん私は本物のサンマですよ。どうぞ、こちらのカウンターへ。


 なんで喋ったり寿司を握るなんて器用なことができるのかって? まあそれには色々ワケがありますけど、そこをツッコむのは野暮ってもんですから、そういうもんだと思ってください。

 ──さて、なんにしましょ! はい、大トロとウニですね。大丈夫ですって。誰にも負けない美味しい寿司を握りますよ!


 寿司屋をやってる理由? ああ、それもよく聞かれます。魚が魚をさばいて料理して客に出してるなんて、なんとも滑稽こっけいでしょう。

 私はね、ここに来る前は他のサンマと同じように大海原で大勢の仲間たちと群れを作って泳いでいました。そうするとね、大きな魚なんかには、よおく狙われるわけですが、多少喰われても種としては生き残れるってわけなんです。あ、それくらい知ってますよね、これは失礼。


 ただね、私はその他大勢の一匹でありたくなかったんです。捕食される側でいたくはなかった。キラリと光る個性と言いますかね。ほら、私の背のように。おや、今ははっぴで隠れておりました。ははは! ──ここ、笑うとこですよ?

 まあいいや。なぁんとなく流されるように群れの中を漂って、みんなが右を向いたら右を向き、左を向いたら左を向き、いつか喰われる事を恐れながら……そんな毎日に嫌気がさしていたんですよ。


 そして私もついに、人間の罠にかかって仲間の魚群と一緒に水揚げされてしまいましてね。ああ、私の一生もここで終わりかと思った時、まあ先刻言った色々があったわけですよ。なんやかんやと、この店の大将に拾ってもらって晴れて私はキラリと光る一匹になれた、魚を捌いてやる側に立ったってわけです。


 はい、お次はタイとブリですね。……おっと、すいません。タイをきらしてました。ちょっと奥から持ってきますんで少々お待ちを。




 ──おまたせしました! タイとブリでしたっけ? もちろん、誰にも負けない美味しい寿司を握りますとも。


 握りながら自分語りってものアレですけどね、ぼくは本当に板前になれて幸せですよ。キラリと光る個性と言いますかね。ほら、ぼくの背のように! あ、今ははっぴで隠れておりますけども! ……その他大勢の一匹でいたくなかったんですよね。ほら、ご存知のようにぼくたちはそれは大勢の群れを作って……。 え? この話はさっきもう聞いた?


 ははは! もちろんいいんですよ! 話を聞いてるうちにサンマが食べたくなっても! なんといっても、ぼくは捌く側に立ったのですから!



 ──はいよ! サンマです。さっきまで生きてたやつなんで、新鮮ですよ!




おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寿司屋の板前さんま 冲田 @okida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ