Funky
@yumenogen20221010
ロンストーリー
Ep.1
暗い夜空には無数の星々がそっと輝き出す。
古びたアパートメントの狭い部屋の一角。
重たいほど静まり返る室内には厳しい表情を浮かべ、待っていた原稿用紙をペラペラとめくる鞠彗の姿があった。
「——で、どうかな?」
そんな彼女の顔色を伺うようにロンは尋ねる。
「貴方がこうしたいのなら、やってみればいいんじゃない?」
鞠彗の意見に、より一層不安になる。
「……キミはこの話の内容で見ている人が」
「個人的には……つまらない」
何を聞いても曖昧ではっきりとせずどこか投げやりな感じで答える彼女に、ロンは焦ったそうに
そう言い切った
「現実は辛く厳しいのに、こんな都合が良すぎる空想話しに何の価値があるの?」
マリエの厳しい意見にロンは微かに動揺する。
「この『運命の人』ってのは、本当に『良い人』なの?都合よく利用しようとする悪人だったらどうすんの?」
「それは……、確かにキミの言う通りかもしれない。だけど、人は一人じゃ生きて行けないよ」
意見が食い違い真っ向から対立する。
ヒートアップする二人を横目に、鞄からスマホを取り出し時間を確認すると俺は仲裁に入る。
「マリエ、今日はそれくらいにしないか」
彼女は俺の言葉に静かに反応した。
「このまま話し合っても良い案は出てこないだろ。今は物語の構想と方向性を決める段階なんだし、お互い頭を冷やしてからまた明日話し合えばいい」
彼女は数秒考えた後『そうね』と呟く。
「それに俺たちは帰らないと。夕食の時間に間に合わない」
「え、もうそんな時間?!」
イノセントは窓の外を見て驚く。
外は既に真っ暗だ。
「学校の寮に住んでるんだっけ?」
「あぁ」
俺は原稿用紙を鞄の中にしまい帰り支度を整える。
アパートメントを出ると薄暗い街をロンと二人して歩いて行く。
学校の寮へと戻ると食堂で夕食を共に済ませ、シャワールームへと向かう。
シャワーを浴び終えた俺たちは自室へと戻った。
「……おやすみなさい」
「あぁ」
部屋に戻ると直ぐに寝支度を整えたロンは、ベットの中へと入る。
「…………」
授業で出されたレポートを片付けていると、先程から何度も寝返りを打つ度にベッドが軋む音が聞こえてきた。
振り向いてみると既に寝ていると思っていたロンが何度も寝返りを打っていた。
そっと瞼を開けると天井が見えた。
薄暗く静かな室内が更に不安な気持ちにさせる。
(——眠れない)
ロンは軽く溜息を吐くと、またゆっくり横向きに寝返りを打つ。
(最近ずっとだ。こうして夜眠れないのは……。いつまで続くんだろう……)
間近にある白く硬い冷たい壁を虚な目でボンヤリと見つめながら考える。
かれこれ数時間。
ずっとこんな感じで眠る事が出来ずロンは何度も寝返りを打っていた。
「——!」
その時、不意に背後から物音が聞こえてきた。
微かな大した事ない物音。
なのにロンはその音に酷く怯え、鼓動がドクドクと打つ。
ブランケットをギュッと握りしめながら自分自身を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。
音を立てたのが誰かなんて分かり切ってる。ルームメイトのクレバだ。
今日の授業内容の復習でもしているのか、深夜過ぎても黙々と勉強をしていた。
(……こんな時間まで勉強、してる)
ロンはもう一度瞼を閉じた。
何も見えない暗闇の中、先程の出来事を思い出す。
(……彼女の反応はとても悪かった……)
数ヶ月考えた映画の脚本。
悩んで、悩んで考えたけど彼女に不評だった。
何が悪いのか……、分からない……。
(だけど、自分でも何かが足りないと感じるのは分かる。でもそれが何なのかボクには分からない……)
答えの出ない疑問が頭の中で反芻する。
(ボクはその答えを見つける事が出来るのかな……)
ロンは重いため息を吐き捨て、もう一度眠りについた。
——早朝。
朝早くに目が覚めた俺たちは寮を出て学校へと向かう。
途中、まだ早朝にも関わらずチラホラと学生の姿が見えた。
朝のトレーニングをする学生や授業の課題を終わらせる為徹夜で作業して寮に帰る学生と色々だ。
この学校は映像科、音楽科、美容科、調理科、ファッション科……など様々な学科からなる総合専門学校だ。
広大な敷地には学生寮はもちろん年季の入ったバロック様式の校舎が幾つも建っており、移動するだけでも一苦労。
この学校を卒業生した者の中には今でも第一一線で活躍している者もいる。
隣で歩いていたイノセントがふいに校舎を見上げた。
「もう授業が始まってるんだね」
視線の先には明かりが点いた教室。
学生らしき人影が時折窓の側を横切る。
「確かそこはファッション学科の教室だ。週末明けには期末テストがあるからな。皆んな徹夜で作業をしてるんだろう」
「……そっか」
教室を見上げる表情はどこか思い詰め、寂しげだった。
俺たちは人気が無い校内を歩き続け目的の場所に辿り着いた。
何の変哲もない鍵の掛かった使われてない空き教室。
俺は鍵を取り出すと躊躇いもなくドアを開けた。
「えっ、いいの?勝手に使って」
「校長からはちゃんと許可を貰ったぞ」
「そ、そうなんだ……」
「——あれ?」
突然後ろから柔らかい声が聞こえてきた。
「おはよう。早いね」
振り返るとそこにいたのはジャージ姿のコラン。
少し疲れた様子のコランはロンをジッと見つめると、なにかに気付いた。
「……もしかして、お兄さん方?」
「え……よく分かったね」
ロンは意外そうにだけど嬉しそうに微笑む。
「初めまして、だよね?ボクの名前はロン。弟のロアと同じで映像科だよ。よろしくね」
「私はコラン。声楽科よ。よろしくね」
コランは軽く挨拶を終えると、教室へと入って行く。
「それじゃあボクも自分の教室に戻るよ」
「そうか。放課後はこの教室で待ってるぞ」
「うん」
ロンは軽く頷くと踵を返し自分の教室へと戻って行った。
PCで課題のレポートを片付けていると、食事に手を付けず、ぼーっとしているコランの姿が見えた。
手にはフォークを持っており、掬っては落とし掬っては落としを繰り返していた。
「……食べないのか?」
「……」
反応が無い。
俺は語気を強めてもう一度言う。
「食べないのか?」
「…………えっ?」
ワンテンポ遅れて彼女は反応する。
「あー、うん。……ちょっと食欲が無くて」
「なにっ……!?」
俺は彼女の口から出た言葉に驚いた。
(いつも食べる事が幸せと言っている彼女の口からそんな言葉が出てくるなんて……。信じられん……!)
「……どうした?体調でも悪いのか?」
「ううん。……大丈夫だよ」
コランは心配させない様に笑う。
——放課後。
午後の授業が終わりクレバは約束通りにいつもの空き教室へとやって来た。
その隣には一緒に連れてきた人物の姿も。
ドレッドヘアーに褐色の肌。程よく鍛えられた格好の青年。名前はジェイデン。
「——だからこの話は『愛』がテーマ何だよ!!なんで分からないの?!」
室内では既に鞠彗とロンが来ていて話し合いの最中だった。
話の内容からして昨夜と同じ物語の方向性について言い合っているようだ。
「お〜、やり合ってるなぁ」
ジェイデンは歪み合う二人をどこか面白そうに眺める。
俺たちは二人の会話の邪魔しないようにひっそりと中に入る。
「愛?私には中身の空っぽお涙頂戴話にしかみえないんだけど?……まあ、こんな話で泣ける人間がいるかどうか怪しいところだけど」
鞠彗はわざと煽る様に言い放つ。
その言葉にロンは身を震わせながら言い返す。
「……っ、キミみたいな人には理解出来ないんだろうね!キミみたいな……捻くれた人間には!!」
「……捻くれた?」
鞠彗は顔を顰める。
「不幸話で感動を取るお前の方がよっぽど捻くれた人間のクズだろ」
原稿用紙をバシバシ叩きながらマリエは更に言い放つ。
「大体、『自分が不幸のは周りのせい』『自分の力じゃあ現実を変えられないから他人で変えてもらう』って、呆れるわ。他力本願で運任せ。こんな話に誰が感動すんのよ?!あ、別にこの作品や主人公の事を悪く言ってるワケじゃい。……こんな程度の低いストーリーを書いた作者に対して言ってるだけだからぁぁぁぁ!!」
キレ気味で言い放つ言葉にロンは悲痛な表情で突っ込んだ。
「——それってボクのことじゃん!!!!」
ロンは半泣きの状態で肩を震わす。それに対して鞠彗は涼しい表情を浮かべていた。
ジェイデンはそんな二人の間に割って入り言い合いを止る。
「お前たちそれくらいにして一旦休憩しないか?」
ジェイデンは左手に持っていたバスケットを二人に見せた。
「軽食を使って貰ったんだ。マリエ、お前のおやつもるぞ?」
「——!」
軽食をテーブルに並べ黙々と食べる。
「……キミたちはどう思う?」
「えっ、俺か?うーん。確かにマリエの言っている事も一理あるかもしれないな……」
ジェイデンは慎重に言葉を選びながら言った。
「ありがちな展開だし、主人公は受動的だし。マリエの言う『運良く偶々幸せになれた』って言葉は確かに俺もそう思う」
「だけどそれは……!!」
「いや、お前の言いたい事も分かる。分かるんだけど、薄っぺらい。そして今の時代には合わない気がする」
「…………」
ジェイデンの言葉にロンは納得しない様子で黙り込む。
そんな彼に俺はある疑問を問いかけた。
「ロン、そんなに言うなら周りの言葉なんて気にせず、自分のやりたい様にやればいいんじゃないのか?」
「……分かっているけど……、何が足りないんだ……」
沈むロンにジェイデンは何かに気づきあっ、と声を上げた。
「でも、愛をテーマにしたのは良いんじゃないか!」
「え?」
「俺にもヘイゼルっていう大切な恋人が——」
「——っ!!」
ジェイデンの言葉に、俺とマリエは瞬時に反応した。
「ねぇ!!その手に待ってある物ってなぁ〜にぃ〜??」
ジェイデンの話を露骨に遮り、マリエは話題を変えた。
「あぁ、これか?これはだな軽食だ。シェフが作ってくれたんだ!」
手に持っていたバスケットを持ち上げて見せた。
「食べよう!」
テーブルを四人で囲み、軽食を黙々と食べる。
俺の隣ではサンドイッチを美味しそうに頬張るロンの姿にふと疑問が湧いた。
「ところでお前、いつもの仲間はどうした?」
「ん?……仲間ってヴィンたちのこと?」
マリエが鋭く反応し顔を顰めた。
ロンはしばらく考え、少し言いづらいそうに答えた。
「彼らとはちょと距離を置こうと思って……」
「喧嘩でもしたのか?」
「してないよ。離れたほうが良いと思ったから。ほら、彼ら一緒だと遊んじゃうでしょ?そろそろ将来の事もちゃんと考えなきゃだし……」
ジェイデンは羨ましいと羨望を向けロンを見て言った。
「将来?お前たちの親は有名人で将来は約束されたものじゃないか」
「……」
ロンは表情は暗いままだった。
「いいよなぁ〜。親が金持ちだと普通の人には経験出来ないような事をお金の心配せずに軽々と出来ちゃうんだからなぁ〜羨ましい」
「……キミたちの家族はどうなの?」
そう問いかけられジェイデンが先に話した。
「俺か?俺の家族は普通だぞ兄が一人いてもう働いてる」
「……俺も祖父と会社員の父親とパート勤めの母親の四人家族」
「そうなんだ」
ロンはマリエにも視線を向ける。
「…………」
マリエは会話に加わる事なく黙々と軽食を食べていた。
静かに咀嚼し飲み込むとマリエは口を開いた。
「まぁ、でもあの子たちと距離を置くのはいい事じゃない?」
「……え?」
マリエの言葉にジェイデンが笑いながら賛同する。
それから軽食を食べ終え、また作品についての話し合いが続いた。
——数日後。
「ふぅ……。何とか形になった……」
ロンは出来たばかり原稿用紙をテーブルに置き、深く息を吐いた。
「出来たのか」
「うん……たぶん」
自信のない様子で答えたロン。
結局、マリエとの話し合いの末、折り合いがつかず平行線のままだった。
最後はマリエが折れて、ロンが提案した内容で進むことになった。
「なら次は撮影場所と配役をどうするかだな」
「役者なら演劇科の学生に声を——」
とその時、突然ドアが開いた。
「——っ?!」
その場にいた全員が驚き振り返ると、立っていたのは見知った人物だった。
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