バイオリン工房カッツェン

@wakumo

 猫暮らし

 アトリエを引き継いだ時三匹の猫も奏のものになった…

 先住の陶芸家の先生は猫好きだったと見えて、その辺に横たわっているだろう猫を気にもとめずに仕事に没頭出来たらしい。仕事も猫も空気と化して共生する平和な静寂…

 なのに、何故それほどの相棒を置き去りにしてここを去ってしまったのか…

「そりゃあ連れて行くつもりだったらしいですよ、可愛がってましたからね。それが、引っ越しの2,3日前から姿を見せなくなったって、ここに残りたかったのかなあ」

「まさか、追いかけて行ったりします」

「いやあ犬ならまだしも、猫はそこまでやらないようですよ」

 奏は自分の人生に猫のいた記憶がない。子供の頃ニャーニャーと啼く仔猫を保護したいと思ったことはあった。でも、近づこうとすると仔猫は後退りしてその距離は縮まらなかった。

 多分…その三匹の猫も奏を気に入ったりはしないだろう。そこまで猫好きではないし、共生するということがどうゆうことなのか、理解しようにも肝心な猫たちは姿を消してしまっている。

 考えようのないものを無理に考えるのはやめて、打算的な観点からこの家の住人になる決意をした。

 猫は人を選ぶという。家を選ぶが人も選ぶ。

「気にしなくても気に入らなかったら姿を消しますよ」

と言うのは大家の仲人口だった。自然と姿を消すのか…確かに猫にも選ぶ権利がある。彼らは自由な生き物なのだから、それならそれで好都合だし、なんとかなるか…他力本願にも奏は、家の佇まいが気に入ってこのアトリエの借用書にサインした。

 かなり広い家である。六畳ひと間の古アパートからの大躍進に戸惑っている。風呂もある。アトリエは渡り廊下でつながった別棟に有る。作業場が近い方が通う時間が省けて大いに助かる。広い庭。中央にはニセアカシアの木が程よく枝を伸ばし、心地好い日影を作っている。

 有難い事にぬかるまないカーポートまで手に入れた。建物は昭和の遺物的代物だったが、趣向は気に入っていた。

 ここで新しい生活を始めよう!と柄にもなく意気込んでいる奏は、すでに猫のことなど露ほども心になく、この屋の主人気取りであれこれ想像を膨らましていた。

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