陰陽師登場

1

 数分後、清仁は地面に膝を付いていた。走ったはいいものの、目的地を知らないことに気が付いた。なにせここは過去の京都、恐らくは長岡京の。つまり、味方は誰もいないことになる。清仁は顔を上げた。


「いや、一人いる。いるよ! 服くれた人!」


 あんなに甚平を喜んでくれて、服とおまけまでくれたのだ。きっと助けになってくれる。


「名前は、えーと、なんだっけ。お付きの人が言ってた。確か俺と名前が似てた気が、清仁……きよひろ……きよ……清麻呂! そうだ清麻呂! 清麻呂!?」


 パンフレットを五度見した。清麻呂という名をつい先ほど耳にしたし、目にした。和気清麻呂。


 パンフレットによれば、桓武天皇に平安京への遷都を進言した人物。実際の桓武天皇も和気清麻呂だと勘違いした清仁相手に、悩みを吐露していた。「清麻呂様」が和気清麻呂で、服を交換し清麻呂の扇子を持っていたから間違われたのだとしたら。あの会話こそが、平安京への道が出来上がるその時だったとしたら。今更ながら、何故顔を隠してしまったのか。


「ああ……あああああぁぁああ……」


 言葉にもならない。本来なら、あそこで祟りから逃れるために遷都しようと言うべきだったのだ。荒唐無稽な。若野清仁は和気清麻呂ではない。


「待てよ。和気清麻呂さんに事情を話して、もう一度進言したらいいんじゃないか」


 名案だ。これ以上の案はない。全ては和気清麻呂に。


「清麻呂さん、どこに住んでるんだろう。あそこうろついていればまた会えるかな」


 元来た道を悠々と歩いていた足は、やがてとぼとぼと悲し気になった。清麻呂に頼むことを目標にしたはいいが、今日の寝床はどうしたらいいだろう。今日会えるならいいが、明日になったら。一週間かかったら。もし、会えなかったら。なんとなく顔は覚えていても、似た容貌の人間が何人か現れたら当てられるかさっぱり分からない。


「雨だ」


 ぽつ。


 ぽつぽつ。


 清仁の気持ちを代弁する雨が、あちらこちらを濡らした。近くの軒下に入る。旅行用の折りたたみ傘が鞄に入っているが、あまり目立つことはしたくなかった。


「どなたか存じませんが、軒下お借りします」


 小声でお願いをする。出来る限り家人に見つかりたくないので、早いところ晴れて頂きたい。ついでに清麻呂が歩いてきてほしい。


「そこの者」

「はいッ勝手に雨宿りして申し訳ありません! すぐ立ち去ります!」


 さっそく見つかってしまった。慌てて謝る。が、目の前には誰もいない。


――怖い! まさか幽霊の類? 昔だから妖怪出る?


 幽霊に出会ったことはないが、大人だって怖いものは怖い。気が付けば辺りも暗くなっていて、通行人すらいない世界でがたがた震える。すぐ横にある門が音を立てた。


「そなた、ヒトか?」

「すすすみません人間ですすみません食べないでください!」

「私にそのような汚らわしい趣味はない。しかし人間とは……本当に?」

「本当です……」


 あまり疑われると自信が無くなってくるが、生まれてこの方人間以外の姿になったことがないのは確かだ。三百六十度どこから見たって人間だろう。おかしな質問を投げかけてくるこの男の方が怪しい。


「あの、貴方は人間、ですか」

「当たり前だ。ここの家に住んでいる」

「ですよねすみません! 雨宿りでお邪魔していますすみません!」

「謝れば何でも許されると思うな」

「そうですね!」

「許すが」


――許すんだ!?


 家人の掴みどころがない言葉に困惑するが、追い出されないようで一安心する。しかし、雨が止んだとしても、これからどうしたらいいだろう。悩んでいたら、護符を顔の前に差し出された。


「黄色い札?」

「顔色が随分悪い。妖怪でないなら、そなたのどこかにあやかしが巣くっているのかもしれん。護符を持って中に入りなさい」

「中に入っていいんですか?」

「夜道に解き放つ方が危険と判断した」


 完全に歓迎されていないことだけ理解した。それでも、夜に一人雨に濡れながら一夜を過ごすよりずっといい。有難く、怪しげな男の後を付いて門を潜った。


 冷えた風が通った。夜と言っても真夏、寒気がする理由にならない。清仁はさっそく後悔した。護符を握り締める。


「こちらに」

「し、失礼します」


 客間らしき部屋に通され、座る。家人もその前に座った。清麻呂からもらった服と同じような服装をしている。落ち着いているが、そこまで年齢はいっていないかもしれない。


――俺と同年代だったりして。でも、この時代の人の見た目と年齢のバランス分からないしな。


「さて、そなたは何者かな。人であるなら、その妖気はどこから来るのか、非常に興味がある」

「妖気……私に?」

「ああ」


 心当たりが全く無い。霊感すら実感したことがないのに、ましてや自分自身がそういうモノとして扱われたのも初めてだった。万が一、タイムスリップした時点で死んでいるのだとしたら笑えない事実だ。


――いやいや、生きてる。暑いも寒いも感じるし。皆からも見えてるじゃん。


「さっきも言いましたけど、人間なので、妖気なんて無いと思います。それよりそんなことを言うなんて、失礼ですが貴方はどういう方なんでしょう」

「確かにそうだ。失礼した。私は志斐国守しいのくにもり、陰陽師を生業にしている」


「おっ」

「お?」

「陰陽師ィ!?」

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