第75話 友好国晩餐会③
せっせせっせと【たくあん錬成】スキルを使ってたくあんを作り調理していると、あっという間に時間は過ぎ去り、完成させた料理をワゴンに移すと、私はすぐさま用意された部屋で晩餐会用のドレスへと着替えた。
今日のためのドレスは、私がこだわって作ってもらったものだ。
ベジタル王国の国旗の主色である深緑をベースにしたドレス。
装飾されたリボンはフルティア王国の国旗の主色であるワインレッドを用い、ベアロボスの国旗に描かれている星が金糸で刺繍されている。
まさに三国の友好の象徴となるドレス。
末長くこの関係が続きますようにと願いを込めたものだ。
コンコンコン──。
私が鏡の前で自身の姿を確認していると、部屋の扉が軽く叩かれ「リゼ、支度できた?」とクロードさんの声が届いた。
「はーい。どうぞ、開いてますよ」
私が返事をしてすぐに扉が開かれると、クロードさんが扉の影から姿を表した。
黒のタキシードにワインレッドのリボンを首元で括り、胸ポケットに深緑色のハンカチ、タキシードの服のポイントに星の刺繍がなされている。
私のドレスとお揃いだ。
「とっても綺麗だよ、リゼ」
「ありがとうございます。クロードさ……クロードも、とても素敵です」
クロードさんのことを呼び捨てるのはまだ慣れない。
つい癖で『クロードさん』と呼んでは訂正してを繰り返している。
「ありがとう。あぁもう、他の男に……特にラズロフ殿には見せたくないくらい」
「残念だったな。今見た」
クロードさんの言葉を鼻で笑うように投げかけられた言葉に、私とクロードさんは一斉にドアの方へ視線を向けた。
「ラズロフ様。それにカロン様も」
「なんでこのタイミングなんだ……」
いつの間にかドアにもたれかかってこちらを見ていたのはラズロフ様。そしてその傍らでは困ったように眉を下げて笑みを浮かべるカロン様。
「すみません。リゼリア姉様。せっかくのご夫婦の語らいなのに」
申し訳なさそうに言ったカロン様に「大丈夫ですよ、何か御用でしたか?」となるべく落ち着いて笑顔で返す。
その隣ではクロードさんとラズロフ様がまたもバチバチと目と目で語り合っている。本当、仲良いわね、この2人。
「晩餐会の前に、リゼリア姉様とお話がしたくて。あの、クロード殿。今から少しだけ、2人で話させてはいただけませんか? ど、ドアはもちろん、開けておきますので」
おずおずと発言したカロン様に、クロードさんはさっきまでラズロフ様に睨みを効かせていた顔を綺麗な笑顔に変化させて「いいですよ。カロン殿ならば」と答えた。
まるでラズロフ様ならばダメだと言っているようなそれに、私は思わず苦笑いをこぼす。
「じゃ、俺とラズロフ殿は先に晩餐会会場に行ってるから、終わったら2人でおいでね」
「はい。ありがとうございます、クロードさ……、クロード」
クロードさんは私の頬にキスを1つ落とすと、ラズロフ様と部屋を後にした。
もちろん、ドアは開け放ったまま。
仮にも国王陛下と他国の公爵夫人。あらぬ噂が立つのを防ぐためだ。
「リゼリア姉様。あ、ごめんなさい。もう夫人と呼ばねばなりませんね」
「いいのですよ。公の場以外では今までのままで。いきなり呼び方を変えるのって簡単なことではないですものね。お気持ち、わかります」
私もクロードさんの呼び方には苦労しているから。
カロン様は幼い頃から、ラズロフ様の婚約者であった私のことを『リゼリア姉様』と呼んで慕ってくれていた。
もちろん、国王となられたカロン様が公の場でそのように呼ぶことはできないけれど、今もそう呼んでくれることに、私は変わらない何かを見つけたようで少しだけ嬉しくなるのだ。
「ありがとうございます。リゼリア姉様。あの……少しお聞きしたいことがあったのです」
「聞きたいこと、ですか?」
「はい」
カロン様は一度思い詰めたように視線を伏せると、意を決したように私を見上げた。
「リゼリア姉様は、あの短期間で立場がたくさん変わりましたよね? 公爵令嬢から平民に、平民から聖女に、そして他国の公爵令嬢に、さらには公爵夫人に……。不安は、ありませんでしたか? すぐに慣れたりしましたか? その時々の立場に、苦しくなることはありませんでしたか?」
縋るような瞳で私を見上げるカロン様。
あぁそうか。
わかってしまった。
彼は不安なんだ。
短期間で立場がガラリと変わってしまったカロン様。
第二王子という立場から王太子をすっ飛ばして国王という立場に。
リゼリア姉様と呼んでいた立場から公爵夫人と呼ばねばならない立場に。
兄に付き従っていた立場から兄を付き従わせる立場に。
さまざまな場面で変わってしまったカロン様の立場。
いや、変わらざるを得なかったと言った方がいいのだろう。
これまで嫌がることなく、比較的スムーズに即位をし国王としてやってきた彼だけれど、不安じゃないはずはないのだ。
だって彼はまだ──14歳の少年なのだから……。
「……不安でしたよ、どの時も」
私が今してあげられるのは、安易に『あなたならできる』と言ってあげることではない。
自分の経験を、できるだけ正確に話してあげることだ。
「特に平民になった時なんか。だってこれまで私、一応公爵令嬢として育ってきたから、火の起こし方すら知らなかったんですもの。食器の綺麗な洗い方、包丁の使い方、お掃除の仕方。何もかもが初めてで、戸惑うことばかりでした」
あの時のことを思い出しながら、カロン様をしっかりと見つめて大切に言葉を紡ぐ。
「それでも今、私が生きているのは、あの日クロードさんを拾ったからです。彼を拾って、クララさんを紹介してもらって、生きる知恵をたくさん授かって、大切な人たちが増えて、そうしたらまたその人たちが私を助けてくれて……。1人では何もできなかった私は、たくさんの人が助けてくれたからこそ、不安でもなんとかやってこれたんだと思います」
何一つ、自分だからやって来れたというものなどはないのだ。
皆に助けてもらって今私は生きているのだから。
「カロン様。あなたも同じではありませんか?」
「同じ?」
「えぇ。不安でも、1人じゃない。あなたにはラズロフ様がついています。あの方は全く、全然、ちっとも素直じゃないですし、可愛くない性格をしていますが……。とても勤勉で、頼られれば応えざるを得なくなる性分を持ち合わせているのですよ」
そう。全く素直じゃないし、可愛げはないし、なんなら口も悪いけれど。
もともと勤勉で賢いお方。
きっとたった1人の義弟の力になってくれるはずだ。
「ラズロフ様だけじゃない。私も、クロードさんも、そして友好国の王族であるフルティアの王太子殿下、ベアル様もいらっしゃいます。困った時は頼ればいい。迷った時は他者に意見を聞けばいい。カロン様、聞く耳を持つ王におなりください。そうすればきっと、大抵のことはなんとかなります」
前国王は聞く耳を持たなかった。
そして見る目も持たなかった。
だからこそのあの国の危機だ。
素直で優しいカロン様。
きっとそれだけではやっていけないけれど、彼には聞く耳も、見る目もある。
何より、すぐ身近にものすごい厳しさを持ち合わせる男がついているのだ。
そして友好国となった国も。
「兄上も……。そう、ですね。僕にはたくさんの人がついているんですよね」
そうつぶやいて顔を上げたカロン様は、どこか決意に満ちていて、心なしか大人びて見える。
「リゼリア姉様。ありがとうございます。僕は必ず、聞く耳を持ち、人の心に寄り添える王になります。思い通りにできないことも多いと思いますが……。それでも前を向いていきます。1人じゃない、ですもんね」
晴れ晴れとした顔でそう言ったカロン様は、きっともう大丈夫だ。
「さて、僕、そろそろ部屋に戻って準備をしないと」
「えぇ。私もクロードさんたちが待つ会場に行っておりますわ」
あまり長く2人で話していては、それこそ要らぬ噂のタネにもなりかねないし。
「じゃぁ……リゼリア・グラスディル公爵夫人。また後で」
にっこりと微笑むと、カロン様は小さく手を振って開け放たれたままのドアから部屋を出ていった。
「……と、いうことなので、入ってくださって結構ですよ、クロードさん、ラズロフ様」
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