第69話 2人で歩む道
広場に戻った私たちは、ラズロフ王太子とのことを皆に話した。
それからすぐに反王家を叫んで投獄された人たちは解放され、皆国王たちの処分やカロン様の立太子を喜び、もう一度国を信じ、支えていくことを約束してくれた。
ベジタル王国に別れを告げ、皆でフルティアに帰ると、今回の件で関わった人全てが王家の晩餐会に招待され、国王陛下からの感謝の言葉が贈られた。
それから食堂に戻るなりにすごい勢いとすごい力で抱きついてきたクララさんに、いの一番に「ビンタした!?」と詰め寄られた私の代わりに、クロードさんがたくあんビンタについて詳しく話すものだから、その話はクララさんだけでなくいつしかフルティア全体で【伝説のたくあんビンタ】として語り継がれる羽目になった。
……やめてほしい。
カロン様はすぐに国王として即位され、相談役にはラズロフ様が就いた。
本来なら兄であるラズロフ様は、慣例にならい公爵位をいただく予定だったけれど、彼は首を縦にふらず、神官として神殿に入ることになった。
カスタローネ家は子爵家に格下げになり、元父母はひっそりと慎ましく、カロン様の監視下で暮らしているらしい。
アメリアはフルティアの第二王子の婚約予定者への殺害未遂として、今も牢に入っている。
ただ、未だ反省の色はないみたい。
私が大切にしていた愛犬のクロは、私が引き取って一緒に暮らしている。
今では神殿のアイドルと化して、大人気だ。
それから私とクロードさんは、国王陛下の許しを経て晴れて婚約した。
私は正式に、クロードさんの婚約者になったのだ。
それでも特に私たちの距離感は変わることなく、私は神殿食堂で働きながら時々聖女として騎士団に同行し、クロードさんは聖女である私の聖騎士として私の護衛をしてくれながら、時々王家の依頼で動いていたりして、昼食を食べに毎日食堂に顔を出す、そんな前と比較的変わらない日々が続いた。
それから半年──。
今日も閉店作業を行い、クララさんと店を出る。
夜風が少しだけ冷たくて、自分の両手で両腕を抱えた。
「涼しくなってきたわねぇ」
「そうですねぇ」
「じゃお疲れ、リゼ。おやすみなさいね」
「はい、おやすみなさい」
私たちはいつものように挨拶を交わして別れると、私は隣の神殿へと歩いた。
すると神殿の扉の前で、人影が揺れた。
あれ? あれは……。
神殿の出入り口に腕を組んで壁に寄りかかって立っている闇色の髪の美人さん。
「──クロードさん?」
私が声をかけると、彼はふっと顔を上げて私を認め、ふわりと微笑んだ。
あ、やっぱりクロードさんだ。
「どうしたんですか? こんな遅くに」
「あー……うん、ちょっと礼拝堂に用があってさ。リゼさんも一緒に来てほしいなぁ、と思って待ってたんだ」
なんだか歯切れの悪い言い方で視線もキョロキョロと漂わせて……どうしちゃったのかしら?
あ……。
「……わかります。夜の神殿って、ちょっと怖いですもんね」
「ん?」
「女神像が青白く照らされて少し不気味ですし、1人じゃ行きたくないですよね。いいですよ、一緒にいきましょう」
意外と怖がりなのね、クロードさんって。
なんだか可愛い。
「んー……、まぁそういうことにしといていいから、一緒に来てくれる?」
そう言って差し出された左手に「はい」と答えて自分の右手を重ね微笑み合うと、2人で神殿の中へと足を踏み入れた。
神殿の入り口からすぐ左の階段を上がると女性神官や私の居住区、右の階段から上がると男性神官の居住区になる。
私たちはそこを通り過ぎ、ホールも通り過ぎ、1番奥の礼拝堂へと歩く。
「大丈夫ですか? クロードさん」
「あぁ、大丈夫。リゼさんがいるから全然怖くないよ」
繋いだ右手が暖かい。
いつもと同じ神殿内なのに、こんな時間にクロードさんと一緒に歩く神殿は、どこか穏やかな時間が流れているようにも感じられた。
ギギギ──……。
長い歴史の刻まれた木の扉を開けて礼拝堂に入ると、天窓から入る月の光に照らされて聖レシア様の姿を
聖女としては不謹慎な言葉かもしれないけれど……うん、やっぱり不気味だわ。
「ここに何の用なんですか? 忘れ物でも?」
あぁでも忘れ物ならもう神官の誰かが見つけて保管しているかもしれないわね。
神殿長に聞いてみた方がいいかしら?
「違うよ。でもとっても大切な用事なんだ。もっと前へ行こう、リゼさん」
「え、えぇ……」
私はクロードさんに手を引かれるがまま、女神像の前へと進み出た。
「リゼさん。俺、もしリゼさんが婚約破棄されずにラズロフと結婚しても、ずっと思い続けていたと思うよ。それこそ、リゼさんを奪うために戦争をしかけていたかもしれない」
「えぇ!? 怖いこと言わないでください」
私が原因で戦争とか、勘弁してほしい。
「はは、そうだね。 でもそれくらい、あなたのことが好きだってことだよ」
出た……!!
クロードさんのストレートな愛情表現!!
いまだに慣れないながらも、最近は私も少し【好き】を言葉にするようには努力している。
「わ、私も、クロードさんが好きです……よ?」
私が途切れ途切れにそう言うと、クロードさんは目をパチパチさせてから、最大限に顔を緩ませ嬉しそうに笑った。
「リゼさん」
「はい? ──って、クロードさん!?」
女神像の目の前で、クロードさんが突然私の右手を取ったまま私に向かって跪き、今度は真剣な眼差しで私を見上げた。
「俺は、生涯をかけて、リゼリア・ラッセンディルを愛すると誓います。どうか、俺と結婚してください」
「!!」
まさかのプロポーズ!?
息が、止まるかと思った。
「は……はい、よろしく、お願いします」
震える声で返事をすれば、クロードさんは安堵したように息をついて、目尻を垂らして笑った。
「あぁ、よかった……」
「あの、でも、なんで? 婚約式はもうしましたよね?」
私が言うと、それを思い出したのかクロードさんは少しばかり渋い顔をした。
「婚約式って、リゼさんと登城した時に、付き合うことになったって報告をしたら大騒ぎしてその場で婚約させられたアレ?」
「あ、あはは……」
ベジタル王国との貿易開始の話をしに城に出向いた時、思いが通じ合って付き合うことになったと報告した私たちに、陛下も王妃様も王太子殿下もレイラ様も大騒ぎ。
私の気が変わらないうちに既成事実を作るぞ、と、なんとその場で婚約の書類を書かされ、その場で陛下に認められたというスピード婚約だったのだ。
もちろん後からそれを聞いた保護者であるクララさんは「保護者の私を差し置いて!!」とおかんむり。
認めてはくれたものの、しばらく2人きりになるのを邪魔され続けた。
「プロポーズはちゃんとしておきたかったんだ。ケジメとしてもね」
「クロードさん……」
ちゃんと考えてくれていたんだ。
嬉しい……!!
「リゼさん、両手を出して」
私は言われた通り両手をクロードさんに出すと、彼の大きな両手がその上に重なった。
「ホーリーフラワー」
クロードさんが光魔法を唱えると、途端に私たちの手と手の間から光が溢れ出し、中に【何か】が現れた。
「綺麗……!! クロードさん、これは……?」
クロードさんが手を
「聖騎士にのみ人生で一度だけ使える魔法だよ。聖騎士が愛する人に送る、光魔法で作られた花でね、枯れない花なんだ。これが枯れるときは、送った聖騎士が死んだ時だけ。聖騎士は戦いに参加することもあるからね、安否を愛する人や家族に知らせられるようになってるんだって」
そうか。
騎士団や国からの要請で聖騎士が配置されることもある聖騎士は、危険な魔物の討伐だってすることもある。
そんな時、誰もが無事に帰ってこられるわけではないものね。
「なら、この花はクロードさんが寿命で亡くなる時まで、ずっと咲き続けますね」
「なぜ?」
「だって、クロードさんが怪我をしたら、私がたくあん突っ込んで助けちゃいますから」
ニヤリと笑ってそう言うと、クロードさんは一瞬呆気に取られたようにぽかんと口を開けて固まってから、大声で笑い出した。
「あっはははは!! そうか、そうだね。リゼさんの特技はたくあんを人の口に突っ込むことと、たくあんビンタだったね!! うんうん、じゃぁ俺は大丈夫だね」
「た、たくあんビンタは忘れてください」
黒歴史だから。
「忘れないよ。どんなリゼさんも、俺の宝物だから」
私の身体をぎゅっと抱きしめてそう囁く。
「これからもずっと、一緒に歩いていこう。俺たちの道を──」
「──はい」
そうして私たちは、窓から入り込む月明かりの下で唇を重ねた──。
最初は一本の道。
だんだんとたくさんの枝のように分かれていく中で、きっとまた悩んだり、泣いたり、行き止まりになることだってあるかもしれない。
もしかしたら途中に思わぬ落とし物があるかもしれない。
それを拾うか素通りするか、それも自分が決めること。
どの道に進むのか。
どの選択をするのか。
1人で歩いてきた道を、今度は2人で歩いて行こう。
振り返ればほら。
拾ってきたたくさんの落とし物が、私たちに微笑みかけてくれる──。
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