第41話 お茶会と幸せご飯
私は今、城の中庭のガゼボにいる。
緑豊かなこの中庭で、これから昼下がりのお茶会を開くのだ。
あることを思い立った私は、色々と準備をするため、昼食の準備は料理長にお願いし、その間もせっせとこの時のために動き回った。
「リ、リゼリア嬢」
あぁ、いらっしゃったわ。
「来てくださってありがとうございます──ベアル様」
そう。
私がこのお茶会に呼んだのはベアル様。
クロードさんに無理を言って、ここに来るように言ってもらったのだ。
ちなみにクロードさんはお部屋でお留守番。
「リゼさんとベアル殿が二人きりだなんて……!!」
と駄々をこねていたけれど、ベアル様の食事に関する大切なことだから、と説明すると、渋々ながら納得してくれた。
「どうぞ、お座りくださいな」
にっこり笑って目の前の椅子に座るように示すと「は、はい。失礼します」と言ってベアル様はゆっくりと腰を下ろした。
「リ、リゼリア嬢、その、朝は本当に申し訳ありませんでした」
そう言ってさっき腰を下ろしたばかりの椅子から再び立ち上がり、深く頭を下げるベアル様。
ちょっ、何やってんのこの人!!
これには後ろの護衛二人組もオロオロと慌てた様子だけど、そりゃそうよ。一介の公爵令嬢に、隣国の第一王子が頭を下げてるなんて。
前代未聞だわ。
「あ、頭をお上げください!! ベアル様達、狼獣人の特性も考えず作ってしまっていたのです。仕方ありません。さ、お座りください」
「は、はい。ありがとうございます」
ベアル様は再び私の目の前の椅子へと腰を下ろす。
それを見計らって、私は自分の椅子の隣のワゴンからクロッシュを被した皿を彼の前へと差し出した。
「リゼリア嬢、これは?」
「私がつくりました、軽食です。食べていただけませんか?」
クロッシュをそっと開けると、中から出てきたのは三角形の白いものが2つ。
他には何もない。
私はベアル様の様子を細かく観察していく。
驚いたような表情はしていらっしゃるけれど、顔を歪めたり嫌そうな顔はしていないわね。
よし、ここまでは成功よ。
「あの……これは?」
「ふふ、サンドウィッチのように手で食べていただいて構いませんわ。もし気になるようでしたら、フォークでどうぞ」
「い、いえ。手でいただきます」
ごくりとつばを飲み込む音がして、ベアル様は恐る恐る手でそれを掴むと、大きなお口を開け半分ほどを口にした。
ゆっくり
「……美味しい……!!」
「!!」
そしゃくの後に呟かれた言葉に、私の頬も自然と緩んだ。
「これは何?」
「これは【おにぎり】というものです」
「おにぎり?」
「はい。東の国の食べ物である米でつくりました。中には魚の身をほぐし入れておりますわ」
城へ来る前にクララさんに相談していた、米という東の国の食べ物。なんとそれをいろんなルートを駆使して、早速クララさんが用意してくれたのだ。
まさか昨日の今日でタイミングよく持ってきてくれるなんて思わなかったけれど。
中身は、一つはベアロボスの狼獣人が好む、焼き魚をほぐしたものを用意し、敢えてそれを取りやすい皿の手前に置いておいた。
問題はもう一つの方。
ベアル様は一つ目をぺろりとたいらげ、2つ目を疑いもなく口の中へと入れる。
「ん? これは?」
不思議そうな表情でたずねるベアル様。
よし、気づかなかった……!!
「これは、朝ベアル様が近づけるなと申しましたものを、ショコリエをかけずに刻んだものです。【たくあん】という食べ物で、私の聖女としてのスキルですわ」
「聖女としての……いやでも、朝のような匂いはしませんでした」
あぁ、やっぱり。
「匂いが強いものは苦手なのですね?」
私が探るような視線を向けると、ベアル様は「うぐ……」と唸ってから、こくん、と頷いた。
「それに、ショコリエやオニオーリは、犬にとっては危険な食べ物。犬科である狼獣人のベアル様も、例には漏れない。あなたが遠ざけたのは強い臭いと、食べてはいけない食べ物から身を守るため──でしょう?」
それ故にショコリエたくあんは、人間からはとても人気のある食べ物だけれど、彼ら狼獣人にとっては最悪の、ただの毒でしかなかった。
「!! え、えぇ、その通りです……。 だから僕は、無礼を承知であんな……。もともと口下手なもので、余計にあなたにひどい言い方をしてしまいました……」
しゅん、と耳を垂らしながら言うベアル様と、愛犬クロの顔が重なって、なんだか抱きしめてわしゃわしゃしてしまいたいような気持ちに襲われる。
だめよリゼ。
いくら温厚そうなベアル様でも、それは流石に不敬だわ……!!
「も、もうお気になさらずに。獣人族は鼻がいいということを失念していた私も悪かったのです」
ベアル様をもふもふしたいという自分の欲求と闘いながら私が言うと、ベアル様は少しだけ目を細めた。
「ありがとうございます。でもなんでこれは平気なんでしょう。かすかに独特な臭いは残るけど鼻が曲がりそうなほどではない」
そ、そんなに酷く感じてたんだ。
なんだか申し訳ない。
「この米で包み込み握ることで、米が匂いを吸収し和らげてくれるのですよ」
米というものはだいたいどんなものとも調和する食材らしい。だから包み込むことによって匂いを吸収し閉じ込めたのだ。
うまくいく保証はなかったけどなんとかなってよかった……!!
「これなら食べられる。ありがとうございます、リゼリア嬢」
ふわりと微笑んでから、残りの半分のおにぎりを口に入れ、もぐもぐと幸せそうに咀嚼するベアル様を見て、私も幸せに頬を緩ませるのだった。
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