第8話 告白は突然に


 しばらくしてから泣き止んで、落ち着いたら今度は羞恥心が溢れ出してきた。

「あ、あの……ごめんなさい、急に……」

 距離を取ろうと胸板を押し返すけれど、クロードさんは一向に私を離す気配がない。むしろさらに強い力で腕の中へと閉じ込められた。


「いいんだよ。好きな女の子の泣き顔なら、むしろご褒美だ」


 ……ん──?

 ──好きな女の子?


「あの……」

「俺があの国にいたのはね、さっきの騎士が言っていたように、隣国で令嬢が王太子に婚約破棄されたって聞いたからなんだ。何せその令嬢は、俺の長年の想い人だったからね。いてもたってもいられなくて、間抜けなことに財布も持たずに、朝ごはんも食べずに出てきちゃったんだ」


 婚約破棄?

 想い人?

 いいなぁ。婚約破棄されてもこんな素敵な人に見初めてもらえるだなんて。


「……その顔は分かってないね?」

 むぅっと口を尖らせるクロードさん。イケメンは何してもイケメンだ。

「貴女だよ、リゼさん。俺の想い人は」

「────は?」

 突然の告白に思考がついていかない。

 私は間抜けにも口をぽかんと開けたまま彼を見上げた。


「8年前、初めて会ったその日に。一目惚れだったんだ。婚約を申し込もうにも、貴女はすでに王太子と婚約していたし……。でも諦めきれなくて、この歳までずっと貴女だけを想ってきた」


 8年も前からずっと?

 そんなバカな……。

 いや、これは私に都合のいい妄想よ。婚約者を奪われたことで混乱した私の脳内が起こしたただのお花畑フィルターよ。

 あぁそうだわ、言うなればこれはアメリアとラグロフ王太子フィルターね。うん、きっとそうだわ。


 私がそう割り切ろうとしていると、頭上のクロードさんが「また変なこと考えてる」と苦笑いした。


「貴女があの馬鹿王太子に婚約破棄されたうえ追放されたと聞いてそっちに行った俺は、すぐにカスタローネの屋敷へ行ったんだけど、貴女の姿はなくて……。仕方なく帰って別の方法を探そうと思っていたところで、恥ずかしながら力尽きて、偶然か必然か、貴女に助けられた──ということだよ。ま、名前聞くまでは倒れている俺を襲いに来た痴女かと思ったけど」


 私の屋敷に?

 あぁそうか。

 早朝に神殿で身一つで追放されたから、屋敷には帰っていないのよね。 

 昨日は私とアメリアの誕生日。きっと用意されていた、私に渡されるはずだったプレゼントやお料理は全てもう一人の主役である妹のものになっているわね。


「理解いただけたかな?」

 頭上でにっこりと笑うクロードさん。

 何この余裕の笑み。

「り、理解は、まぁ……」

「ならよかった──」

 一瞬だけその余裕の笑みが崩れて、心の底から安堵したような表情でこぼした彼の意外と人間らしい姿に思わず頬が緩む。


「貴女はあんなことがあった後でまだ落ち着かないだろうから、俺の想い云々うんぬんは気にしないでくれたらいいよ。俺は俺で好きに愛でるから」


 好きに愛でる!?

 クロードさんのさらっと飛び出した発言に、勢いよく身体を離す私。油断していたのかクロードさんの腕は今度は簡単に弾かれ、ようやく私は解放された。


「あはは!! そんなに警戒しなくても、取って食いはしないから。これからよろしくね、リゼさん」

 そう言って私の手を握って口付けたクロードさんには、多分私は一生敵わないんだろうなと心の中で降参の白旗を振るのであった。

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