魔法少年明登

青木一人

オレンジ色

加賀美明登かがみあきとは変わっている」


 生まれた時から皆に言われ続けた言葉だ。それはなんてことない個性の芽を摘み取る言葉。残酷にして必要悪。


 それでも自分を貫き続け、しかし現実は非情だった。周りの言葉に感化されて背丈は随分と高くなり、喉仏は出っ張ってきた。いつも通りの恰好をして姿鏡に写った自分の顔を見て、唐突に目が覚めた。自分は、これほどまでに醜悪な存在であったか、と。そんなモノを意地を張って守り抜いたところで、何が得られるというのか。


 それからは、人前でその姿をすることは止めた。制服を校則の通りに着てきたと言われ、もてはやされ、輪の中に入れてもらえた。


 高校に進学してから、俺は人前では普通に振舞った。とはいえ長年支えられて来たものをいきなり手放してもどう生きていけばいいのか分からず、少しだけその趣味を続けた。


 どうしていきなりこんな話をするかというと…………。

 俺はいま、怪人に追われているからだ。

 怪人の外見は人と巨大なカエルが歪に合体していて、余り直視したくは無かった。腰のあたりからカエルに食べられていると勘違いして、気味が悪かった。もうちょっとかわいい見た目にして欲しかった。人間の腕でバランスを保ちながら、カエルの四本足で懸命に俺を追ってきている。

 ほかの人には見向きもせずにカエル怪人は俺を追う。


 もうずいぶんと校舎内を爆走しているから、息がもう限界だった。くそぉ、何が悲しくて放課後にこんな変な奴と一緒に時間を潰さなければいけないのか。俺にはわからなかった。強いて言えば今までの罰だろうか。


「あっ、ッぐ」


 こんな時に限ってバランスを崩してしまう俺を呪いたい。完全にこけてしまって、休息を欲していた体はこのチャンスを逃すまいと完全にへたり込み、完全に動かない。


「くそ、う、ぁ、動け、足」


 創作物だとこんな時にアドレナリンがでて動けるはずだが、残念ながら現実はそう甘くない。先ほどまではピョンピョンと地面を鳴動させながら追いかけまわしていたが、今は勝利を確信したのか人間のように前足も上げ、二足歩行を果たしていた。


 ヒーローなんて所詮この世にいない。魔法少女なんてものはさらにいない。

 それはとっくに理解している。だが、こんな怪人だけが現実に存在するだなんて認めたくなかった。


 俺は胸ポケットに手を入れた。固くひんやりとした感触が手に伝わる。

 俺はそれを……その花があしらわれた髪飾りを手に取った。

 今はもう亡くなったであろう幼馴染が、行方不明になる最後の日に俺にくれたもの。

 そのデザインは数年前に俺が誕生日プレゼントとして雑貨屋で買ったものに似ている気がした。お金が足りなくて、アイツに借りたんだったな。


 それは過去を恨んでも捨てられるものではなく、いつも肌身離さず携帯している。

 視界を覆いつくす程の髪を搔き分けて、まぶしい夕日を受けて輝くピンを髪につけた。


 こうしていれば、天国にいるアイツが直ぐに俺のことを見つけてくれるだろうから。



 この造花はオレンジを帯びた白色に褪せてしまったけれど、俺たちはずっと変わっていないはずだ。一目見たら、またいつもと同じように笑いあえるはずだ。

 どうせなら三キロパフェを食べてから死にたかった。あれはコロナの影響で販売停止しているから、叶うなら随分と先になりそうだけれど。


 そうして、ゆっくりと、目を閉じていき……。


「ちょちょ、すとーっぷ! 何してんの!?」


 それは甲高い声に遮られた。クラスメイトにこんな声の人がいたような気はしたが、いまいち思い出しきれない。


「駄目だ!! そいつに近寄るな! そいつは俺だけを狙ってって……。え?」


 カエル怪人は音にびっくりしたのか、その女子に向かっていく。その女子はニヤリと口端を上げて笑った。


「そっちのほうが危ないのよ。何故かわからないけどあの怪人の注意をひきつけているようだし。何も持って居なさそう、だし……?」


 彼女は俺の髪飾りを見ると目を見開いた。その瞬間背筋が凍った。この髪飾りをつけていることがクラスの皆に拡散されれば、俺の社会的立場は地に落ちてしまうだろう。だが、俺はいつ肉体的に死んでしまうかわからない。

 となると、ここはこの状況を切り抜けることができそうな彼女に協力し、性善説を信じて黙っていてもらうしかない。よし、この方が成功率が高そうだ。


「なんであんたがその髪飾りを持っているのよ! 私の大切な人のものなのに!」

「そんなのわかんねーよ! これはただの髪飾り! しかも俺が幼馴染から貰ったものだ! そんなわけわかんねーもんと一緒にすんな!」


 つい感情が乗ってキレてしまったが、彼女は考え込んだ後、髪飾りに手を当てて叫んだ。

「話は解決してからいくらでもしましょう、正直今すぐに問い詰めたいところだけれど!

【ラ・マジカル・ブルーマライズ……≪ロサ≫】!」


 何やら訳の分からない詠唱をした後に彼女は光に包まれ……そしてレースやフリルで飾られたドレスに身を包んでいた。正直意味が分からなかった。そうしてツタが絡まった紅いステッキを手に取ると、怪人にそれを振り下ろそうとして……あっさりと躱された。空を切る魔法のステッキ。俺はそれが何かに似ているように感じて、その答えを呟いた。それは幼馴染がしょっちゅう口に出していた単語でもある――。


「魔法、少女……」


 その単語を聞き取った彼女はやけくそ交じりで叫び出した。

「そうよ私は魔法少女よ! こんないい年した高校生にして、こんな気味の悪い怪人と戦わなくちゃいけない使命を背負った地獄の魔法少女よ!

 その力あんたも持ってるでしょ!? 私だけじゃ勝てそうにないから手伝って!」


 現実に存在するその単語を聞いたとき、何も思うところが無かったと言えば嘘になる。

 だけど、それでも――昔の、今の、未来の、ぼくが、俺が、皆が……この言葉を投げつけてきた。


「で、でも、さ。仮に俺がその力を持ってたとして……いいわけないだろ。

 お前は『魔法少女』……そう言ってたじゃないか。

『俺は男なんだから』『そんな趣味は可笑しい』。そうだろ?」


 かつての苦い記憶が脳内をフラッシュバックしていく。

 『女装趣味』『女児アニメ好き』『なんか女の子みたい』

 それらが俺の決心を鈍らせ、足を重くする。

 視界が熱中症の時のように真っ暗になり、動悸が速くなる。

 それらを具現化したその魔法用戦闘服は、正しく忌々しい、異端な、歪な、異常な過去の象徴であった。


「『そんなの可笑しい』だって? 本気でそう言ってるの?」


 皆が俺を嘲笑したから、その傷がずっと痛むんだ。


「あんた、それで生きてて楽しいの?」


 受け入れる前はそれでもよかった。でも毒を自覚した時には……もう全身をむしばんでいたんだ。


「『皆』って誰の事? ここは私とあんたしかいないのよ?」


 溶け込まなくちゃ、生きていけないから。


「男だろうが女だろうが関係ないよ! 例え先生だって誰だって、そこにいたから私は声をかけたんだから。

ねぇ手伝ってよ。ほんの少し気を引いてもらうだけでいいの。そしたら私が能力で拘束するから。ね?」


 突如として、カエル怪人が力を強めた。彼女は突き飛ばされ、軽く宙を舞って廊下を転がった。一瞬息ができなかったようで、強くせき込みながら懸命に息を吸っている。


その姿に、一瞬だけ脳裏にある光景が浮かんだ、それは彼女が敗北し、カエル怪人に殺されてしまうという、明らかに現実的な光景。


 俺は、またしても大切な人を――。


「せめて俺のせいで辛い思いだけはさせたくねぇ」


 何よりも、それが一番辛かったんだ。


「やっと覚悟ができたよ。ありがとう! そしてごめん! もっと早くやってれば」

「ばーか、それ以上は言わなくてもいいわ、あんたの覚悟が知れてよかった。

 辛気臭い話は後にしましょ。それより先に、アイツを倒しちゃいましょう?」

「ああ。だから俺に変身方法を教えてくれ」


「おっけー、それがあのお方のものなら、詠唱は分かってるわ。と言ってもほぼ一緒だけどね。その髪飾りに手を当てて、私の言うことを繰り返して」

「わかった」


「【ラ・マジカル・ブルーマライズ……≪ラナンキュラス≫】」

 息を深く吸って、その術式をイメージする。

「【ラ・……マジカル……ブルーマ……ライズ……≪ラナンキュラス≫】!」

 これまで駆け抜けたことのない感覚が全身を襲う。

 髪飾りが熱を持って駆動し、光が俺の体を包み込んだ。

 体の芯から力が溢れだしてくる。

 これまで着ていた制服はどこかに消え去り、気付けば俺は……白とオレンジのドレスをその身に纏っていた。

 心がふわふわと浮き上がる。明日どこかに旅行に出かけると言われた時のような、いい意味で現実的ではないような……この気持ちを表すことができる言葉をいまだに俺は見つけられていない。少しだけきついと感じるものの、この締め付けが着心地を寧ろアシストしてくれている。太陽の光と温かみ、懐かしみを感じるこの感触に、もっと早く触れていたかったと思う。俺はそれらを見捨てたのに、ちゃんとフィットしてくれることに感激し、涙が一筋頬を伝った。


 どこからか出現した二本のステッキ――片方が白、もう片方が橙色の――を強く握りしめ、カエル怪人に向かって振り下ろす。彼女のものより二倍近く長く、寧ろ双剣と言った方が正しいだろう。それはいとも簡単に命中し、カエル怪人は少しの間だけ怯んだ。暫くこの姿には似つかわしくない剣戟をカエル側の肌にくっつかない程度に繰り広げていると、彼女が「準備できました」と言っているのが聞こえた。


 それを合図にして飛びのくと、詠唱が聞こえた。

「【ラ・マジカル・ブルーマフィーネ……≪グランディール・ノワール≫】!」


 その瞬間、カエル怪人の真下に赤黒い魔法陣が出現し、勢いよく成長してツタが巻き付いていく。そのうち赤黒い、綺麗な薔薇の花が咲いた。カエル怪人は暫く藻掻いたものの、やがて灰となって消えていき、後には大量の灰が残っただけだった。


 すっかりへたり込んでしまった俺とは違い、彼女は灰を集めて家庭用ごみ袋にまとめている。ドレス姿でそれをやっているとなんとなくシンデレラを彷彿とさせる。

「よ、よかった……ついに倒した、んだよね?」

「うん。これで暫くはこのあたりには怪人は出ないと思う。」

「え? 一回だけじゃないの?」

「そうよ。十年位前から怪人は出現し始めたと考えられていて、私たちは組織を作って抵抗し始めたの。この学校、そして街の平和を守るために。花の髪飾りを合図にして、それぞれの能力を使ってね。三年ほど前の総力戦で敵の組織は壊滅状態にあるとされていたけれど」


「そんなに古くからいたのか……気付かなかった」

「気付く前に退治するのが私たちの仕事だもの。今回はたまたま民間人に被害が及んだけれど、基本的には無い場合がほとんどね。倒しても灰が残るだけだし、こうして掃除すればいいだけよ」


 そういいながらも彼女は掃除を継続しており、何もしていない俺はなんだかひどくいたたまれなかった。

「俺も変身できたんだし、こうやって街を守りたい。

幼馴染の行方も突き止めてみたいし。……いいかな?」

「いいわよ。……とはいっても私は下っ端だから、そんな権限無いのだけれど。

 でも、その能力、≪ラナンキュラス≫については関心を寄せている人も多いわ。

 なんてったって訓練次第で最強クラスにまで昇りつめられるのだから。

 直接ご教授してくださった私以外にも、認められなきゃいけない人は多いわ。

 ……それでもやっていけるなら、私は歓迎するわ。ようこそ、加賀美君」


彼女はそう言って、大輪の笑顔を咲かせた。


「加賀美明登は変わっている」

 もう何度そう言われたっていい。なぜなら俺のすべきことはもう決まっていて、きっかけをくれたその人たちのために変わり続ければいいのだから。いつの間にか報われる、その時まで。

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魔法少年明登 青木一人 @Aoki-Kazuhito

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