心の声が聞こえる為に疎まれ追放されましたが、実は森に邸宅を用意していました。悠々自適な生活をしていたら、隣国の王子に溺愛されるようになったので幸せです
ちくでん
第1話
儀式は大失敗だった。
豊穣祈祭を成功させると、聖堂内に描いた魔法陣の中にカボチャやイモなどの野菜や穀物が生じ出る。その量が多ければ多いほど今年の収穫期の豊穣が約束されると言われている、――のだが。
わたしが儀式で魔法陣の中に呼び出したのは、野菜や穀物ですらなかった。
カエル。――だったのだ。
儀式が終わった途端に現れる大量のカエル。
ゲコゲコと合唱しながら、聖堂の中を飛び跳ねていった。
聖女としてあり得ざる大失態だ、とわたしは糾弾され、謹慎を命じられたのだった。
☆☆☆
――わたしは三つのことを知っている。
「レムリ、おまえとの婚約を破棄させて貰う」
「レムリお姉さまも、まさか豊穣祈祭の儀を失敗しておいて今までのまま居られるとは思っておりませんよね?」
この二人、義妹のアイシャとバーキスダム伯爵が、わたしが執り行う豊穣祈祭の儀を裏で妨害して失敗させたこと。
わたしを聖女の職から追い落とし、代わりに次席であったアイシャを聖女の職に就かせようとしていること。
そして、そしらぬ顔でわたしとの婚約を破棄して、浮気していたアイシャと結婚しようとしていることを。
だからわたしは、しれっとした顔で果実酒のグラスに口をつけた。
二人が糾弾してくる今こそ、わたしにとって最大のチャンス。
自由を得る為の、最後のチャンス。
バーキスダム伯爵の邸宅に招かれての大夜会。
広間の客たちは凍ったように動きを止め、わたしたちに注目している。
わたしが黙っていると、豪華なタキシードに身を包んだバーキスダム伯爵が、顔に垂れたくすんだ灰髪を指で整えながら、もどかしげに目を細めた。
「聞いているのかレムリ!?」
「聞いているの? レムリお姉さま!?」
苛立たしげな顔を隠そうともしないアイシャも、肩に触る巻き毛の金髪を神経質そうに指先で弄りながら、バーキスダム伯爵に追従する。
そこでようやくわたしは二人と目を合わせた。
「そんなに慌てなくても聞こえていますよ」
「し、失礼ねレムリお姉さま! 私たちは別に慌ててなど――!」
「皆さんの前だよ、アイシャ」
激昂寸前のアイシャを片手で制し、バーキスダム伯爵がわたしを睨む。
そして軽く首を左右に振った。
「はぁ、レムリ。おまえはいつもそうだ、私たちが何を言っても気に留める素振りすら見せない。だけど今日はそうもいかん」
さっき三つのことを知っていると言った。
あれは嘘。
わたしはもっと知っている。すべてを知っている。だから。
「レムリ、おまえはこの国から追放される!」
そういう話になることもわかっていた。
儀式の失敗は、この国の守護天使さまに気に入って貰えなかったから。そんな者がいつまでもこの国にいたら、守護天使さまの不興を買って豊穣が望めない。そういう論理を展開して、バーキスダム伯爵はわたしを追い出すよう上に進言したのだ。
実際はこの二人の息が掛かった者が、儀式に使う魔法陣を別のものにすり替えたから失敗したのですけどね。
なぜ二人の隠し事を、二人の狙いを、全部知っているのかと疑問に思うかもしれない。
それは話すと長くなるのだけど、短く言うとこうなる。
わたしには、他人の心の声が聞こえる。
だからわかっていた。
普段は言葉にもならない感情さざめく音が聞こえるだけなのだけど、その人が強く意識したことがあると、心の動きが言語化されてわたしに聞こえてきてしまうのだ。
(まったくこの女、自分が追放されると聞かされても驚くこと一つない!)
(いつもながら不気味な姉。これまで幾度も妨害してきてやっとやっと成功したのに、全然狼狽えたりしない……)
これが心の声。二人が今考えていること。
わたしに対する感情は、良いことも悪いことも、だいたい筒抜けだ。
「話はそれだけですか?」
「え?」
「もうわたしに話すことはないのか、とお聞きしました。バーキスダム伯爵」
「あ、ああ。うむ、それだけだ。聖女庁からの命だ、抗命しようとしても無駄だぞレムリ」
「まさか! そのような意志は毛頭ありません。謹んでお受け致しますわ」
わたしは果実酒のグラスをテーブルに置くと、パーティー会場のどこかに控えているであろう侍女の名を呼んだ。
「マリエル! マリエル! 準備はできてますわね?」
すると侍女のマリエルが、静かな足取りでわたしの元にやってきた。
女性なのにズボンを穿いた侍女、マリエルは恭しくわたしに頭を下げる。
「もちろんでございますレムリお嬢さま。全てお申し付けのままに」
「さすがねマリエル」
わたしはマリエルに微笑んだ。
ちなみにマリエルの心の声を聞くと、こうなる。
(レムリ様だいすき! レムリ様だいすき! レムリ様だいすき! レムリ様だい……)
クールな外見の内はこの有様。
わたしがマリエルを信用している理由はこの一事による。
「ではご機嫌ようバーキスダム伯爵、アイシャ。この場にてお別れにございます」
「この場にて……だと? なにを言っているのだレムリ?」
「なにを言ってるのレムリお姉さま?」
「隣国のミージア領エイハム近くの森中に、小さいですが住む場所を用意させておきました。なにかありましたら、こちらまで便りを」
「「な、どうして!?」」
二人の顔が引きつった。慌てる二人の心の声が聞こえてくる。
どうして、そんな周到な用意ができたのか、と。
もしかして自分たちのたくらみが筒抜けだったのではないか、と。
青ざめた二人に、わたしは微笑みかける。
「丁度今の生活にも飽き飽きしていたところです。この話は渡りに船、『あなた方がこれ以上ちょっかいを出してこなければ』、わたしはなにを喋る気もありませんよ」
二人から暗灰色の感情だけが伝わってくる。
なにかの感情一つに支配された心の内に言葉はない。ただ、色のイメージだけが伝わってくるのだった。
暗灰色が示すものは、不安と恐怖。
これだけ脅せば、これ以上わたしに構おうと思うまい。
「異国の地で女一人、いったいどうやって暮らしていくつもりなのだ……!」
「さて。魔法書の書写でもしていきましょうか。もともとわたしは、聖女の修業よりも魔法の研究がしたかったのです」
人の心の声が聞こえてしまうわたしの能力は、一種の魔法能力。今は亡き実母にそう聞かされていた。
相手の心がわかるということは良いことばかりじゃない、相手が隠そうとしている悪意の類まで勝手に読み解いてしまう。秘密にしたいことも知れてしまう。
苦しかった。人が信じられなくなった。
それでも貼り付けなければいけない自分の笑顔が嫌いで仕方がなかった。
いつしか声に慣れた頃、わたしはあまり動じない、淡泊な性格になっていた。
そして思った。この能力がどのようなものなのか、どういう由来なのか、わたしは解明したいと。
しかし、魔法の道を歩くことは周囲が許してくれなかった。
わたしに聖女の才能があったからだ。
父に聖女になるためだけの教育を施され、聖女になったならばなったで忙しくて自分の時間はなかなか取れない。自由のない生活だった。
それを、そこの二人はどういう形であれ壊してくれた。この話は渡りに船、というのは本心からの言葉だ。
「それに、女一人というわけではありませんのよ?」
「はいお嬢さま、お供します」
わたしは満足してマリエルに頷いた。
「お二人にはもうお会いすることもないでしょう。最後にマリエル、お二人にアレを」
「――バーキスダム伯爵、アイシャ様、こちらを。レムリ様からの贈り物にございます」
二人に一つの箱――両手で抱える程度の大きさのもの――を渡すマリエル。
アイシャが受け取ったのを確認して、わたしは会場を後にする。
「レムリ様も最後の最後にお人が悪い」
追いついてきたマリエルが苦笑もせずにわたしを見た。
「そうかしら?」
後ろの方から二人の悲鳴の嵐が聞こえてきた。
あの箱には、わたしとマリエルが心を込めて捕まえてきた沢山のカエルたちが詰まっている。気になって開けたならば、自然そうなる。
「今までの嫌がらせも我慢し続けたんですもの、これくらいはご愛敬よ」
屋敷の外、綺麗な星空を見上げながら、わたしはにっこりと笑った。
この先は、わたしの新天地。新しい生活の始まり。
こうしてわたしの、積極的国外追放物語は始まるのだった。
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