第53話 待望の初夜*

夫婦間の性行為の描写が少々あります。


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 ゴットフリートはこれから夫婦のものとなる自分の寝室にアントニアと一緒に入った。寝室で今まで使っていたシングルベッドは十分な大きさのダブルベッドに変わり、ソファとローテーブルが新たに入ったが、他の家具は予算の関係でそのままだ。だがアントニアも贅沢をしたい訳ではなく、納得している。


 ゴットフリートは、寝室に入ってすぐにアントニアに入浴を勧めた。彼女が入浴後にほんのり頬を赤らめていい香りを漂わせて戻って来ると、愛する女性と身体を繋げられる期待でゴットフリートの身体の中心に熱が集まってきたが、必死に理性を働かせて浴室に向かった。


 入浴後に寝室に戻り、アントニアが夜着を着てソファに座って待っているのを見た途端、ゴットフリートの胸の鼓動は再び高まった。だが、その前に今日の両親の振舞いについてアントニアに謝罪しなければならない。場合によっては、残念だが初夜の交合どころではなくなるかもしれない。ゴットフリートは緊張で掌がじっとりと冷や汗で濡れるのを感じた。


 ゴットフリートはアントニアの隣に座り、初夜の前とは思えない程の暗い面持ちで話し始めた。


「今日は私達のよき日になるはずだったのに……うちの両親が台無しにしてしまってすみません」

「いえ……大丈夫です……」


 アントニアは義両親の事を子供の頃から知っていたから、こんな事もあろうかと思っていた。だが、『予想していた』などと言えば義両親を侮辱したことになってしまうと思い、『大丈夫』の他は何も言えなかった。


 本当なら胸がときめく初夜のはずなのに、暗い雰囲気が新郎新婦の寝室を覆っていた。ゴットフリートは下を向いてどもりながらアントニアに話しかけ続けた。


「ア、アントニア、今日はその……あ、あの……私はソファで寝ますから、ベッドを使って下さい」

「どうしてですか?! 私達は今日、神の下で夫婦となったではありませんか!」

「でも、両親がよりによって私達の結婚式の日にあんな振舞いをしてしまいました。貴女が結婚を止めようと思うなら、初夜を完遂しない方がいいでしょう?」

「なぜ今更そんな事を言うのですか?! 私はご両親の事を子供の頃から知っているんです。こんな事を言うのは申し訳ありませんが……ご両親の事は覚悟していました。それに貴方だって家の状況を全部告白して下さったではないですか。結婚は何もかも承知の上です!」

「でも……苦労をかけてしまいます」

「苦労なんかじゃありません。貴方と一緒なら、どんな苦労しても私は幸せです。お願いです、私を……身も心も貴方の妻にして下さい」

「ああああ、あの、あのっ、それって……」


 2人はソファに隣同士に座りながら顔を真っ赤にして向き合った。ゴットフリートはアントニアの手を握り、キスをしていいか許可を願った。アントニアは顔を真っ赤にして首を縦に振った。


 ゴットフリートはアントニアの両肩に手をかけて顔をゆっくりと彼女の顔に近づけ、額から頬へ、頬から唇へ、唇から首筋へチュッチュッとキスを贈った。彼の両腕はいつの間にかアントニアの背中に回り、彼女を抱きしめていた。


「アンッ……く、くすぐったい」

「ああっ、す、すみません!」


 ゴットフリートはビクッとして身体をアントニアから離した。彼は閨教育を受けていないし、女性経験が30歳の今まで一切ないので、アントニアの一挙手一投足にビクビクしてしまう。


 ゴットフリートは閨教育を受けるのを引き延ばしていたら、家が没落してそれどころではなくなった。寄宿学校では生徒達がよくエロ話をしていたが、純情なゴットフリートはそういう話から遠ざかっていた。でも結婚するにあたって不安になり、閨の教本を読んで初夜でどういう風にすればいいのか情報を集めた。結婚生活の先輩である弟ラルフには、彼の白い結婚に気付いているだけに聞こうに聞けなかった。


「嫌……止めないで……」

「あああ……」


 新妻のかわいいお願いを聞いてゴットフリートの頭のねじは興奮で焼き切れた。ガバリとアントニアに覆いかぶさり、首筋に吸い付き、唇を貪った。しばらくして息が苦しくなったアントニアに背中を叩かれ、ゴットフリートは我に返った。


「ご、ごめんなさい……あの、夢中になっちゃって……」

「いえ、いいんです。でもここでは……」

「ああ、そうですね。気がつかなくてすみません。ベッドへ行きましょう」


 ベッドへ行くまでにゴットフリートは少し冷静を取り戻して閨の教本の手順を思い出した。そしてアントニアをそっと押し倒して覆いかぶさり、唇を重ねた。アントニアがゴットフリートのキスに応えて舌を吸うと、ゴットフリートの頭のねじは再び焼き切れ、教本の内容は頭からすっ飛んでしまった。


 翌朝早く、ゴットフリートはいつもより少し遅い時間に目が覚めた。遅刻かと思ってはっとしてガバリと起き上がった。すると隣に寝ていたアントニアも目が覚めた。それでゴットフリートは昨日結婚して1週間特別休暇をもらったことをすぐに思い出し、幸せな気分になった。


「ん……もう起きなくちゃいけませんよね?」

「あ! ご、ごめんなさい、起こしちゃいましたね。今日から1週間、休みを取っていますから、もう少しのんびりしましょう」

「お義父様とお義母様はいいのですか?」

「あの人達はどうせ昼前には起きてきませんよ。それより……昨晩は……すみません、優しくするつもりだったんですが、途中から訳が分からなくなってしまって……身体は大丈夫ですか?」


 ゴットフリートが真っ赤になってアントニアに身体の具合を聞くと、アントニアも頬を赤く染めて『大丈夫です』と答えた。

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