第51話 初恋が実る時
結婚式はアントニア到着の3日後に王都郊外の小さな教会で行われた。
アントニアの実家エーデルシュタイン伯爵家には、修道院にいる間に招待状を出したが、両親と後継ぎの兄夫婦からは個人的なお祝いの言葉もなく、事務的な出席の返事が来ただけだった。アントニアは内心予想していたものの、やはりがっかりしてしまった。権威主義的な父親と夫に言いなりの母親、父親に似た兄に今更期待するのは無理な話だった。残る義姉とはアルブレヒトと結婚する前から疎遠で、その後に生まれた甥姪とは会ったことすらない。そもそも父と兄は、実家に断りもなく結婚する娘に怒り狂っているだろう。ただ、新郎ゴットフリートが現コーブルク公爵の甥で彼の兄が未来のコーブルク公爵だから、黙って結婚式に出席すると返事を送ってきたのは明らかだった。
結婚式の当日、ゴットフリートはノスティツ家の応接室でウェディングドレス姿のアントニアを見て感動のあまり絶句した。繊細なレースがあしらわれたウェディングドレスは、贅沢だと渋るアントニアにラルフとゾフィーが半ば無理矢理プレゼントしたものだ。
「ああ……アントニア……」
「ゴットフリート、素敵ですわ」
「兄上! そこは花婿が最初に花嫁を褒めるところでしょう?」
「うわっ?! 痛っ! ラルフ、何するんだよ?!」
ゴットフリートは、後ろからやって来たラルフに勢いよく背中を叩かれて発破をかけられ、赤面しながらウェディングドレス姿のアントニアを褒めた。
「あ、ああ、うん……き、綺麗だ」
「ありがとうございます。ゴットフリートも……恰好良いですわ」
その時、ルドヴィカが控室に飛び込んで来て、侍女も慌てて追って来た。
「お、お嬢様っ! お待ち下さい!」
「ママー! 綺麗! 私もそんなドレス着てみたい!」
「ルドヴィカ、ありがとう。貴女のドレスもすごく似合っていて可愛いわよ」
ルドヴィカはウェディングドレス姿の母を見て飛びついた。ルドヴィカは淡い桃色のフリルやリボンの付いた可愛らしいドレスを着ていて親の欲目でなくとも天使のように愛らしい。
アントニアはドレスにルドヴィカをしがみつかせたまま、ラルフとゾフィーの方を向いた。
「ラルフ様、ゾフィー様も、ありがとうございます。いただいたウェディングドレス、とても気に入っています」
「喜んでいただけて嬉しいわ。でも私達、今日から正式に義きょうだいになるんですから、お互い名前だけで呼びましょうよ。――ね、ラルフ。いいわよね?」
「もちろん!――さあ、兄上、義姉上、教会に行きましょう」
アントニアは、初めて『義姉』と呼ばれたことが気恥ずかしくも嬉しくて仕方なかった。
教会での結婚式の誓いのキスは、馬車の中での初めてのキスと同じようにそっと触れるだけのものだった。それでも2人とも真っ赤になってしまい、神父が小声で呼びかけるまで立ちすくんでしまった。
結婚式の後は、ノスティツ家、コーブルク家、エーデルシュタイン家の3家の人々とルドヴィカが出席するだけの小さな祝宴が開催された。参加者は3家の者とルドヴィカだけとはいえ、3代含めた人数は総勢16人にもなり、ノスティツ家の今の小さな家では全員座れるだけの椅子も場所もない。ゴットフリートは伯父と弟の好意を受けてコーブルク公爵家のタウンハウスで祝宴を開いてもらった。
祝宴でゴットフリートとラルフの父フランツは、久しぶりの高級酒をがぶ飲みして酔っ払い、コーブルク家とエーデルシュタイン家の人々に白い目で見られてしまった。母カタリナは、監視が強化されてラルフの結婚式の時のように新しいドレスを勝手に注文できず、結婚式と祝いの席の間中、兄のコーブルク公爵に注意されてもずっと不貞腐れており、出席者一同からやはり冷たい視線を受けていた。
ルドヴィカは帰り道の宿泊の関係もあって侍女と護衛と共に早々にコーブルク公爵家のタウンハウスを発った。その後しばらくしてアントニアの両親と兄一家も自家のタウンハウスに戻って行き、祝宴は自然とお開きの雰囲気となった。
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