第30話 文通

 修道院に入って半年も経とうかという頃、アントニアは意外な人から手紙をもらった。差出人レアは、アントニアの元婚約者ゴットフリートの弟ラルフとかつて婚約していた。ゴットフリートが12歳で寄宿学校に入った後、アントニアがラルフと話すだけでレアが嫉妬し、それ以来疎遠になっていたので、彼女がアントニアの今の居場所を知っていて手紙をくれたことに驚いた。でも悪意に晒されっぱなしだった結婚生活に比べれば、彼女の嫉妬はかわいい子供の焼きもちだったとしか思えない。それにあれから15年以上も経っているのだ。かつての不快な気持ちは消えていて、それどころか懐かしく嬉しくなった。


 手紙には、レアの事だけでなく、ラルフやゴットフリートの今の状況も書かれていた。レアはラルフと婚約破棄した後、別の男性と結婚して子供も2人いる。ラルフはコーブルク公爵家の養子となって結婚、もうすぐ第一子が生まれる。ゴットフリートは独身のまま王宮で文官として働いてノスティツ子爵家の当主としての仕事と両立している。


 アントニアは、ゴットフリートが家の没落で寄宿学校の騎士課程を退学しなければならなかったことは知っていたが、彼がその後どうしたのか気になっていた。彼が家の没落から調立ち直っていると知って我が事のように嬉しくなった。それに彼がまだ結婚していないことにも心が弾んだ。


 実際には、家の没落の後、ゴットフリートは長い間やる気を失って家に引きこもり、ラルフが家の事を全て引き受けていた。でもレアはもちろん、その事を手紙に書かず、アントニアも耳にしたことはなかった。もし知っていたら、アントニアは失意の彼を支えられなかったと後悔しただろう。


 アントニアはレアにすぐに返事を出し、レアもまた手紙をくれ、文通は定期的になった。アリツィアと孤児院の子供達以外、アントニアは修道院の中で特に親しく会話する人がおらず、彼女の中でレアの存在は次第に大きくなっていった。


 何通かやり取りした後、レアの寄こした手紙を読んでアントニアは驚いた。


「え……?! ゴットフリート様と再婚するつもりがないかって?! でも私は出戻りの子持ちで……」


 あの地獄のような結婚生活の間も、ゴットフリートとの思い出はアントニアの心の支えだった。彼と結ばれていたらこんな目に合わずに幸せになっていただろうにと彼の父を恨んでしまいそうになることもあった。だから正直言ってその問いは、蟻が群がる砂糖のように甘くアントニアを惹きつけた。


 でもゴットフリートは没落貴族とはいえ、子爵家の当主で王宮にも勤めている。彼は30歳も近いが、初婚で弟は次期コーブルク公爵。ひるがえってアントニアは離婚を経験しており、表向きには娘が1人いることになっている。しかも離婚原因は公式には2人目以降を望めないからとされている。娘ルドヴィカの出生の秘密と2人目不妊の偽装は、離婚の際に辺境伯家から支払われた高額な金銭と引き換えに内密にすることを義務付けられている。アントニアは、彼に相応しい女性だと自分でも思えないとレアへの返事にしたためた。


 レアは、かつて焼きもちを焼いてアントニアに意地悪を言ったことを気にして罪滅ぼしにゴットフリートとの復縁の橋渡しをしようとしているのだろう。でもアントニアは、レアにそんな事をしてもらうよりは純粋に文通友達になってほしいと願った。


 アントニアは、ルドヴィカにも定期的に手紙を出した。手紙がアルブレヒトとジルケに取り上げられるのは覚悟の上だ。やはりルドヴィカにアントニアからの手紙が渡っていないのか、返事は全く来なかった。


 手紙には平易な言葉を使うようにしていたが、ルドヴィカは自分だけではまだ全部読めないだろうし、返事も書けないだろう。それにアルブレヒトとジルケがアントニアの手紙をわざわざ読み聞かせるはずがない。でもアントニアには、アルブレヒトからアントニアの手紙を入手してルドヴィカに読んであげることができるような権力を持つ人間と繋がりもない。唯一取り持ってくれそうなペーターには、プロポーズを断った手前、頼りづらかった。


 そうしてルドヴィカからの返事がないまま、毎日あっという間に時が過ぎていって離婚から1年が経った。

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