第13話 返答と羽根猫の話





おはようございます、五樹です。現在僕は、コーヒーを飲みながら、これを書いています。


時子もコーヒーが好きですが、僕は、「マキネッタ」という抽出器具で入れたコーヒーしか飲まないんです


時子は、「マキネッタは苦味が強く出過ぎるから苦手」と言います。彼女は、「フレンチプレス」という抽出器具でコーヒーを飲みます。


僕からすれば、苦味がきりりと感じられるマキネッタは絶好で、フレンチプレスは本当に甘みが強すぎて、少し苦手なんですが。人の好みとはそういうすれ違い方をするものですね。



本題に入る前に、時子に返事をしましょう。「五樹さんがこれを聞いたらなんと言うか」と言っていた事です。


“私はなんだか、自分が生きているのは罪で、生きていく道でその罪を償わなければならない気がするんです。そこから逃げるのは許されないように思うんです。”


彼女は前の話でこう言いました。


多分時子も分かっているとは思うのですが、彼女が自分を「生きてちゃダメだ」と思い込むようになったのは、母親に度々「死ね」と言われたからです。


それから彼女は、母親から咎められると、それを取り返そうと常に努力をしていました。それは償いに似ています。そこから逃げれば、母親からの折檻があるから、彼女は逃げられなかった。


君は、過去の為に苦しんでいる。でもそれは、君にとってはまだ“過去”ではない。今も君の中に根ざして、君を支配している。


自分から逃げる訳にはいかないから、君は常に苦しい。僕達は、それをどうにかして取り去ってやりたい。今はここまでしか言えません。



閑話休題、本日の議題です。それは、この小説の初めに紹介しておいた、「羽根猫」の話です。


あの時は、「長くなるので割愛する」と言いましたが、かなり常識を外れた話になるから、という理由もありました。これは、万人が事実として受け入れる事は出来ないと思います。



少々「六人の住人」の繰り返しになりますが、初めてお読みの方にも分かるように、初めから説明します。


「羽根猫」には、名前も、性別もありません。姿形は、猫に白い羽根が生えたものでした。彼はなぜか、心中に組み立てられたフラットの中で、僕の部屋に居ます。


僕も心中での姿がころころと変わるのですが、羽根猫も同じのようです。桔梗や彰には、ずっと変わらない背格好があります。


羽根猫は、時折タヌキに白い羽根が生えたり、人間の赤ん坊に羽根が生えた形になったりしています。でも、彼はやっぱり、大半は猫に羽根が生えた姿で、羽根の色はいつも必ず白でした。


心中でのシーンは、ある意味、時子の想像の産物でしょう。でも、僕はそこでも、羽根猫の毛並みや、体温の温かさ、体の柔らかさを触って確かめられます。不思議な事ですね。


初め、彼は猫の鳴き声を出すだけでしたが、後に、簡単な会話なら出来るようになりました。


カウンセラー曰く、「胎児の頃のトラウマは、動物的な人格となりやすい」らしいです。時子は双子の赤ん坊だったけど、もう一人は搔爬により亡くなった。多分それだろうと思います。



「お前、名前はないのか?」


いつまでも名乗らない羽根猫に、僕はそう聞いてみました。


「なまえ、って何?」


「ええ?じゃあ、男か女かは分かるか?」


羽根猫は、僕の部屋にあるベッドの上に座り、しょぼくれたように俯きます。


「分からないよ…」


「そうか…」


今の会話など全く振り返らず、羽根猫は顔を上げて僕をみつめ、こう言いました。


「あの子、探して来てくれない?」


“あの子”とは、時子の双子の片割れの事です。


僕はなんと答えればいいのか分からなかった。


「今は探しに行けないよ。俺達は眠らなけりゃ。御本人様が目を覚ますんだからな」


僕達は、時子が目覚めるまでの間で話していました。


「そっかあ」


羽根猫は背中の羽根をしっかりと閉じて、ころりとベッドに横になりました。僕は枕元の間接照明を落とし、そこで世界は暗転しました。



羽根猫に名前や性別が無いのは当たり前かもしれないと、僕は思います。彼は、まだ男としても女としても扱われる事はなく、誰に名前を呼ばれた事もない頃の記憶。だったら、何も知らないでしょう。



でも、ある日、僕はさすがに驚く事に対峙しました。


僕がいつも通りに心中に戻り、自分の部屋に帰ると、一斉に幾つもの目玉がぎょろりとこちらを向いたのです。


「えっ」


驚きました。そこには、羽根の生えた猫が、数え切れない程居たのです。


「お前、なんで増えてんの」


そう聞いてみると、猫達は羽根をばたつかせながら、にゃーにゃー叫びます。もちろん僕に意味は分かりません。


羽根猫は、言葉を喋るようになってからも、時々は本当に猫のように、鳴く事しかしない時もありました。その日はそうだったんでしょう。


僕がひとまずは寝ようとしてベッドに上がると、そこへ間髪入れずに猫達が押し寄せて来ました。


「ああもう、うっとうしいな!多すぎるよお前ら!」


いくら僕が犬より猫の方が好きでも、何十匹もの猫にまとわりつかれたら、そう言います。


羽根猫達はそんなのお構いなしに、僕の体の上や腕の横など、思い思いの場所に陣取って眠ろうとする。僕はその重みや、寝床の狭さを感じながら、ため息を吐きました。



僕は時子の心中で起こる事や、彼女の感情なら、全てを知っていて、説明出来るという自負がありました。でも、今回ばかりは何も分かりません。


とにかく、僕は今、部屋に帰る度に、猫の大群に襲われています。これが良い事なのか悪い事なのかは分かりませんが、多すぎる事は確かです。



今回はこの辺で失礼します。とても掴みづらく、よく意味も分からないお話にお付き合い下さいまして、本当に有難うございました。なんだかすみません。それではまた。





つづく

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