第5話 星宮さんの過去
・・・
気まずい。
買ってきたステーキ肉を月城さんが焼く予定だったのだが、星宮さんがやりたいということで自分の部屋に戻って行ってしまった。
その帰りを月城さんと一緒に待っているのだ。
テーブルには買ってきた料理たちが無造作に置かれ本当にお祭りのような気分になってくる。
ごくごく。ぷはー。
緊張しているときの水って何でこんなにおいしいのだろう。
星宮さんならこんなとき話しかけてくれるが月城さんは隣で静かにスマホをいじっている。
月城さんの横顔は綺麗だ。なんで綺麗な人って黙っているとこんなに怖いんだろう。
話しかけるべきかな?いや、スマホ見てるんだし黙っててほしいに決まっている。でも。
聞きたいことはあるものの結局話しかける勇気もなく、かといって完全に無視してスマホをいじるのも悪い気がして僕は夢中で水を飲んでいた。
「六杯目よ。お肉くる前にお腹いっぱいになっちゃうからそのへんでやめときなさい。」
「うん。」
「もしかして緊張してる?」
「なんか緊張しちゃって。」
「どうして?」
「月城さんと二人だし。なにか話した方がいいのかなって思って。」
「二人きりってさっきまで一緒に話してたじゃない?どうして緊張するの?」
「いや、わからないや。はは。気にしないで。」
「気にしてるのは有坂君のほうよ。自分の部屋なんだから私のことなんて気にしなくていいわよ。」
月城さんはそれっきりスマホに顔を戻す。
・・・
「わかった。なにか話しましょう。」
「ごめんなさい。」
「まったくなにがそんなに気になるのかしら。それとこういう時は謝らなくていいわ。」
「そうだね。ありがとう。」
「ホントに有坂君って不思議ね。ほっといたらこっちが悪者みたいな空気になっちゃうもの。」
「そんなことないと思うけど。」
月城さんはポケットにスマホを戻すとこちらに向き合う形で座ってくれる。
月城さんは星宮さんとはタイプが違うが、母性を感じてしまう。
受け身で強制せずになおかつ僕や星宮さんのことを見守ってくれている。
今もこうして僕が話始めるのをずっと待っていてくれるし、こんな人だからこそ星宮さんは素の自分を見せることが出来たんだと思う。
「どうして星宮さんは学校では素の自分を隠しているの?隠さなくてもきっとみんなに愛される人になるのに。」
「有坂君ってさ、後悔してることある?」
ある。
それは母さんに甘えなかったこと。
勝手に気を使って距離を取ったせいで母さんはなんのために苦労しているのかわからなくなったんだと思っている。
余計な気をまわし苦しんでいる母さんから離れることが支えるってことだと思っていた。
疲れて帰ってきた母さんに抱きしめられていれば僕と母さんはまだ家族だったかもしれない。
「あるけど。」
「美鈴はさ、昔は甘えん坊だったんだって。小学校時代、大変な時に絶対に授業参観に来てって言ったせいで美鈴のお母さんは無理して倒れちゃったの。よっぽどショックだったらしくてそれから塞ぎこんじゃったみたい。周りとの干渉を絶ってたらいつのまにかクールなイメージついちゃってそのままって感じ。」
「甘えたことが星宮さんにとっての後悔ってこと?」
「そう。美鈴は誰かに甘えることを極端に嫌うわ。そのせいでどうしても壁を作っているように思われちゃうのね。その結果クール美少女なんて呼ばれてるわけ。」
「たしかに。星宮さんが誰かに甘えてる姿なんて想像できないや。」
「私もよ。美鈴は中学の時に転校してきたんだけどその時からあんな感じだったから。私も素を見せてもらえるようになったのは高校に入って偶然同じアパートだったからだけだし。」
「それだけじゃないと思うよ。月城さんってすごく大人だし、身を預けられる安心感がすごくあるし。」
「ありがと。それを言うなら美鈴にあそこまで甘やかされているのも有坂君の才能ね。」
「そうかな。」
「ええ。でもこれだけは覚えておいて。どんな優しさも、思いも、一方通行だと相手を不幸にしてしまうことがあるから。だから、もし美鈴のことが嫌だって思ったら絶対に私に言うのよ。あなた直接言えないだろうし。あとこの話したこと美鈴には内緒ね。」
「うん。わかった。」
スマホに視線を戻す月城さんはなんだか辛そうな顔に見えた。
月城さんも過去になにかあったのかもしれないがそれを聞く勇気は今の僕にはない。
星宮さんが帰ってくるまで僕は水を飲むのをなんとか我慢した。
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