第13話

「その武器をこっちに向けんじゃねぇ! 下ろしやがれ!」


 ローグは小刀を腕の中にいるハネンの首筋にあてがう。

 体中を強張こわばらせたハネンは、恐怖のあまり声も出せないようだ。


「その子は知らないし、クエストに何の関係もない」


 非情をよそおって、鉄パイプで狙いをつける。

 ローグはハネンの首をぐっと片腕で締め上げた。ハネンは宙で足をばたつかせると、急激に顔が蒼白そうはくになっていく。


「このガキとテメエが、一緒に飯食ってたところを見てんだよ!」


 ――くそっ、そこまで見られていたか。


 ローグは紫の締めあとがついた首を、ほぐすようにグルグル回すと、殺意のこもった目を向けた。


「分かった、分かった」俺は両手を開いて、落ち着かせようとした。


 構える武器を地べたに下ろす。その一挙手一投足が、ローグの血走った眼へ写り込む。


「俺が大空洞だいくうどうから採ってきた魔石と、その子を交換しよう」


 ふところに手を伸ばすと、男は一瞬緊張して、切っ先がハネンの首を傷つけた。赤い血が刃先を伝って落ち、白い石灰岩がそれを吸った。


「……落ち着けって、魔石を取り出すだけだ」


 魔石の大きさを見た途端、ローグの顔つきが変わった。

 ――そうだ、冒険者をやっている奴なら、この魔石の希少価値が分かるだろう?


 ローグの口端が少し緩み、震えていた小刀も平静を取り戻しつつあった。

 このレアな魔石は、まわしい洞窟に長いあいだ張り付いてきた、対価に見合うと思ったのだろう。人殺しにまで手を染めた罪からは、一生逃れられないというのに。


 俺は魔石を右手のひらに乗せ、男に差し出すように見せる。

 そして左手で魔法の準備をした。

 男は取りかれたように魔石に魅了される。

 その一瞬の弛緩しかんを感じ取った刹那せつな、左手だけを素早く動かし、風の魔法を発出した。瞬く間に空気が凝縮され、左指先からトルネードが根を伸ばすと、ローグに向かって渦巻いた。

 魔石は回転しながら、一直線に飛ぶ。

 ローグはあおられ、その浮いた体の肩を魔石が貫通した。

 膨大な魔力を魔石が持っていたためか、触れたローグの肩から紫焔しえんが立ち昇り、マントを焦がす。

 緩んだ腕から、気を失ったハネンが滑り落ちると、倒れる前に俺は抱え込んだ。


「おい! 大丈夫か、ハネン!」


 小さく息をしているハネンを見て、ほっと胸をなでおろす。

 ローグは突風を正面に受け、吹き飛ばされていた。


 ハネンを抱きかかえてから、ローグに近づくと肩の一部が吹き飛ぶ重傷を負っていた。

 しかし、紫の炎に焼かれたことで止血され、命を落とすことはなさそうだ。

 これからこいつには、大罪をあがなってもらおう。


 そして硬い地面に突き刺さった魔石を引き抜いて、ハネンをこじんまりした屋根の陰に横たえる。


「……ギークさん、あなたは一体……何者なんですか?」


 意識がはっきりしてきたハネンは、仰ぐように俺を見上げた。

 つい子供だと思っていたハネンの瞳に、つやのある色気を感じる。


「ただの腕のいいギルドメンバーだ。……落ち着いたら、ほら、この魔石を持って、ペリープシのところへ行くんだ。依頼は達成した」


「ギークさんはどうするんですか? あとで、村に来てくれますよね?」


「……ああ、もちろん報酬を取りに行くさ。その前に、あのローグをしょっいてくる」


「しょっ引く?」ハネンは聞いたことのない単語に困惑した。


 つい出てしまった口癖に、俺は首を振ってうやむやにした。


 鉄パイプと一緒に、縄できつく縛りあげたローグを背負う。

 採掘場にたたずむ、枯木のようなボロ屋根を背中に残して、俺は誰にも別れを告げずウエストリバーを目指した。


 ――これがギルド保安官の宿命ってやつさ。


 俺は峡谷を抜ける。強大な魔石と金貨百枚以上、そしてハネンの好意を残して。

 ウエストリバー行の荷馬車に乗せてもらい、宝の山がどんどん遠ざかっていくと、悔恨かいこんの情がつい湧いてくる。


 魔石はもらっておいてもよかったなぁー! 報酬と関係ないし、なんでハネンに渡しちゃったのかなぁー!


 荷馬車はゴトゴトとゆれた。まるで俺の心情を表している様だった。

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