第10話

「ところで、お名前は」と、ペリープシの正面に座っている女ドワーフが口を挟んだ。


 冷ややかなトゲのある言い草だったが、声の主は幼い子供のようにみえた。

 他のドワーフと違って背筋をピンと伸ばし、立ち振る舞いに気品がある。小麦色の頬に真っ赤な瞳がルビーのように輝いていた。

 それに似た赤ワイン色の髪を一つにまとめて、お尻の辺りまで長く伸ばしている。髪は根元から青い紐で複雑に結ばれ、文様のような美しい装飾が毛先まで施されていた。


 俺はギルド受付のサインが署名された受諾じゅだく票を見せる。手前のドワーフがそれを受け取ると、バケツリレーのように長老のもとへ届いた。


「ギーク・アントリッジさんですか……」


 俺は保安官の身分を隠すため、偽名で受諾票を作っていた。

 返す波のように、受諾票が俺の手元に帰ってくる。


「私は……」と女ドワーフが立ち上がろうとしたので、俺は手で遮った。


 ここに来て、聞きたいことは一つだけだった。

 正直なところ、誰とも会わずにさっさとクエストを終わらせたいところだ。


 このクエストでギルド保安官の身分がバレると、王国の陰湿いんしつな文官どもがぎつけて、衛兵隊長の弱みを握られるかもしれない。


「……ダンジョン内部の地図はあるか?」


 そう問うと、女ドワーフは眉間みけんしわを寄せて、憤慨ふんがいした様子でこちらを見る。

 どうやら、喋っている途中で割り込まれたのがしゃくだったようだ。


 ペリープシはご立腹の女ドワーフを相手にせず、後ろの棚から大きな巻物を何軸か取り出した。


大坑道だいこうどうの地図はここにあるだけじゃ……大切なものなので持っていかれるのは困るが、見る分にはいくらでも見てもらって構わん」


 いくつかの地図をバケツリレーで受け取った。

 広げると細かな線が所せましと描かれている。かなり精密な地図だ。さすがドワーフ。手先の器用さと几帳きちょう面さで、人間は太刀打ちできないのが分かる。


 俺はすべての地図を見ると、一番手前のドワーフに返した。


「……助かる」


 そう言って、俺は長老の家を後にした。


「ちょっと! ギークさん!」


 呼ばれてしばらく歩いてから、ギークが俺の偽名であったことを思い出して止まった。

 息を切らして走ってきたのは、女ドワーフだった。


「私はハネンって言います……!」


 わざわざ走ってきて、遅れた自己紹介をすると、いぶかしげに俺を見上げる。


「本当に大丈夫なんですか? 今までたくさんのギルドの方が亡くなりました。祖父はそれが契約だから、と言って割り切っていますけど……。あなたが今までで一番頼りなく思えます。

 ……だって、前に来たギルドの方々は、祖父にたくさんの質問をされていましたよ?」


 帰らぬ人々を見送ってきたハネンというドワーフは、互いの了承があったとはいえ、自分たちのせいで亡くなったと負い目を感じているのだ。見上げる凛々りりしい瞳に良心がにじみ出ていた。

 きっと俺が本当に強いことを証明してほしいのだろう。

 そういう、他人に対する愛は、尊いものだと思う。


 俺は屈んで、ハネンと目の高さをあわせた。


「まだ見たことがないものを、恐怖でおびえた人から聞けば、恐怖の刷り込みにしかならないんだよ、お嬢ちゃん。大丈夫だ。俺は強いから」


 顔を赤らめて棒立ちになったハネンを置いて、俺はダンジョンの入口に向かった。


 やっぱり、もうちょっとペリープシから聞いとけばよかったな……。後悔し始めたのは、村を出た後だった。


***


 村から最も近い第一坑道の入口は、ちょうど人の高さほどに半円形で掘られていた。崖下がいかにはその真っ黒な穴があるだけで、あたりは灰色の採掘場になっていた。

 緑の森林はドワーフの力で根こそぎぎ取られたようだ。殺風景で、ただただ平坦な岩肌が広がっている。


 俺は焚火たきびをしながら、左目を取り出した。

 映し出される大坑道の地図を改めてじっくりと見る。西に少し歩いた先には、奥でつながる第二坑道の入口があるようだ。

 第一坑道と第二坑道が接して、そこから北に向かう道で採掘は止まっていた。


 おそらく未完成の地図の先で、ダンジョン化が発生していたのだろう。


 鉱山や森がダンジョンになってしまう原因は、魔石の出現だ。

 永い年月をかけて蓄えられた魔力が、鉱石や樹木に流れ結晶化して魔石になる。魔石は魔物を呼び寄せたり、魔物を生み出したりする。


 しかし魔石の特徴は悪い面だけではない。腕のよい職人と材料さえあれば、希少なマジックアイテムの動力源になったりする。


 地図を見る限り、かなり大規模に掘り進めているようで、魔物がいる大空洞を掘り当ててしまったように推測できた。

 報酬の金貨百枚以上も妥当な金額だ。モンスターの量、そしてドワーフが掘り起こした金銀と魔石を考えれば、少し安いぐらいだろう。


 地図を見終えると、明日のために俺は少しばかり横になった。

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