☆スパイラルダンジョン/借金返済!

大洲やっとこ

第1話 一度目の選択、二度目の選択



「ルフス、お前の人生だ。お前が決めろ」


 兄はそう言った。

 出ていけと言ったわけじゃない。


「土地を分けてやることは出来ない。残るなら下働きで一生を終えることになる」


 農家の三男。後継ぎではないルフスに分けられる農地などなく、その後の扱いは知れている。

 結婚も許されず、働き手として飯を食って生きるだけ。

 どこの家でも似たようなもの。特別ひどいわけではない。


「お前は目端も利くし、算術だって俺より得意だ。町で生きていくこともできるだろう」


 簡単な読み書きと算術は教わった。

 農家の生まれの中では恵まれている。

 両親は、こういう将来も考えてくれていたのかもしれない。

 ただ、十五歳になったルフスに家を出るよう言うのはバツが悪かったのだと思う。だから兄が代わりに。


「ルフスが残りたいって言うなら認める。もしうまくいかなくて帰ってくるならそれもいい」


 別に家族仲が悪いわけじゃないのだ。

 相続上どうしようもないこと。


「お前の人生なんだ、ルフス。自分で決めてくれ」

「わかった、ありがとう」


 問答無用で出ていけとも残れとも言わない。

 最初から心は決まっていたが、兄の気遣いはありがたかった。


 このまま家に残るなら自分の好きな生き方は望めない。

 健全な男子として性的なあれこれに興味関心があっても、娼婦に払える金もない。

 自由はなく、誰かとの色恋なんて夢のような話。

 夢を見ることさえむなしい人生。



 ――ルフス、あなたに三つのチャンスを与えましょう。


 数日前から夢で聞いていた声。

 十五の成人と共にやけにはっきりと夢に現れた。あれはきっと天啓。女神リースス・レーニス様の言葉に違いない。

 だから、兄に言われなくともルフスの心は決まっていた。


「俺、町に行くよ。自分の手で生きていく」

「そうか」


 女神様の思し召しだ。うまくいくに決まっている。

 成功して都会の美女といい関係になったり、贅沢な暮らしをすることだって叶うかもしれない。

 そんな夢を見るルフスが笑顔ではっきりと答えると、兄は安心したように笑い返した。


「お前が選んだことなら応援する、ルフス」



◆   ◇   ◆



「あなたに選べる道は、この三つのうちどのダンジョンにするかくらいですね。債務者ルフス」


 綺麗な顔に表情一つ浮かべず、銀縁眼鏡をくいっと上げて彼女はそう告げた。

 債務者――借金を返済できていないルフスに対して、無価値なものを見る目で淡々と見下ろして。

 背丈はルフスより高いわけではない。

 ルフスは回収屋――メッソフタミヤ金蔵商かねくらしょうの裏手に立たされ、銀縁眼鏡は通用入り口の数段高い場所から話している。

 少し前まではここの倉庫の掃除をさせられていた。

 今後の処遇を伝えると引っ張って来られて、聞かされたのが今の言葉。



「債務者ルフス。農家の三男。長兄は幼い頃に他界。次男が家を継ぎ、独立の為に昨年王都ササトーシュに出て起業。そして失敗」

「家に残ったって一生兄貴家族の下働きなんだよ」

「知っています。それが嫌で独立しようという人は多いですし、こうして破綻する人も多い。だから私たち回収担当がいます」


 回収屋というか取り立て屋というか。

 金蔵商のような金転がしにとっては珍しくもない話。


「私の話がお嫌でしたら、別の担当が来るだけです。あなたの倍くらいの筋肉の」

「……聞くよ。聞けばいいんだろ」

「結構。ですが説明は先ほどの通りです。勇んで始めた商売に失敗。抱えた借金を返せるだけの技能もなく、親戚縁者からの代行返済も望めないあなたのような人に残った最後の手段がダンジョン探索です」


 言ってから、ふと銀縁眼鏡がルフスの顔を見直した。

 手にしたマニュアル本をぱらぱらとめくり、ひとつ頷く。


「訂正します。まだ若いので男娼という手段もありますね。上客を捕まえればいい暮らしもできますよ」


 大半は倒錯した変態ですけど、と小声で付け足した、

 そっちの方が告げるべき重要事項だろうに。


「だん……ダンジョンでいい」

「そうですか。知っていると思いますが、一年と経たずに半数以上が死にます」

「半分、ね」

「控えめに言って。逆に、一年も生きていられるなら今の借金程度は返済して余るくらいです。よほど運が悪いのでなければ」

「そんなような話は聞いてる」



 ダンジョン探索は金になる。危険だからだ。

 今の説明の通り、生きて帰ってくることができない人間も多い。

 それでも探索を行うのは、そこに宝があるから。


「水を生み出すレベル1の秘宝でも十分な金額に。薬液を作り出すレベル2の秘宝などを持ち帰ればひと財産になります。秘宝を活性化させる為に、ダンジョン内のモンスターの死骸から得られるエナジーストーンにも価値があります」

「よく聞く秘宝だけど、もう余ってるんじゃないの? 今までの探索者の分で」

「時が経つと秘宝も劣化して壊れてしまうのです。無限に水を供給してくれるわけではありませんし、薬の生成などは回数制限があったりします。各レベルの秘宝を転写できる空宝珠もありますが、伝説級のレベル3の空宝珠を見つけられたら巨万の富になります」

「ふうん」

「持ち帰ればと言いましたが、実際には所属するパーティの功績です。あなたはそのおこぼれで報酬をもらい借金返済にてることになります」


 借金を抱えたド素人をダンジョンに放り込んで、それで借金が帰ってくるわけもない。

 探索者パーティの下働きとして強制的に同行させられ、そのお駄賃で金を返せというわけだ。

 ルフスのように特別な能力も財産もない人間に、危険だが金の稼げる仕事をやらせる。その仲介をするのがこの銀縁眼鏡の仕事らしい。



「何か質問はありますか?」

「……借金返済が出来た割合は?」

「よくて半々といったところです。実際には仲介手数料、超過利息分として相応の割り増し金額――数倍程度をいただくことになりますから当社の経営は安定しています」

「金の亡者かよ、くそ」

「返済を放棄して奴隷船に乗ってもらう方がよかったですか? 鉱山も紹介できます。ちなみにこういった奴隷の生存率も悲惨な数字になっています」

「無表情なくせに楽しそうだな」

「誤解ですね。金も才覚もない男との会話を楽しめるほど私は寛容ではありません」


 ガレー船の漕ぎ手として死ぬか、病毒で有名な鉱山に行くか。

 借金返済の意思がないとなれば奴隷になる。夢も自由も、未来もない。


「他に質問はありますか?」

「ダンジョン探索なんてやったことないんだけど」

「雑用、荷物持ち、下働きを求めているパーティがあります。安く使える手を求める探索者は少なくありません」

「パーティを選べばいいのか」

「そんなことは言っていません」


 銀縁眼鏡が呆れたように息を吐いた。


「せめて死に場所くらいは選ばせてあげようという我が社の意向ですよ。近場のダンジョンを選べば、そこに向かうパーティの中から順当なところをこちらが選定します」

「仲間くらい選ばせてくれたって――」

「ルフス」


 思わずどきりとした。

 銀縁眼鏡が初めて浮かべた人間らしい表情。

 薄い笑みが、あまりに綺麗で。



「この程度の借金も返せないお前のような無能が、付き合う人間を選べるなんて思わないで下さいね。ゴミクズルフス」


 彼女の怒った顔は、ぞくりと震えるほど美しかった



  ◆   ◇   ◆

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