第14話
日曜の朝、パート先の控室に入ると、店長が卓に対して敬語になっていた。
「おはようございます。
「おはようございます店長」
「今日は天気がいいから、日用品外に出しましょうか」
「分かりました」
「北々さんはそれだけ、お願いします」
卓は大ワゴンにいれた日用品を外に出し、キャスターにロックをかける。
どうやら店長は飲料水の荷出しを別のアルバイトにさせている様だった。
昼になるとランチ弁当を買い求める客でレジ周りは戦場になる。
バーコードのスキャン音や、店員の声、子供の泣き声。
2個で三百円の惣菜の会計で、お客さんが勘違いをして1個しかもってきていなかったことをきっかけに、どんどん列に人が増える。
諦めるか、レジ係がもう一つを取りに行くか、お客さんが行くかで色々と揉め、ほぼそのレジは機能しなくなった。
すぐに応援の店内放送が流れた。
「ごめん、北々さん。レジ応援に入ってくれる?」店長は小走りで卓に近づく。
「分かりました」卓はレジに入ると、レジスターの前には店長がついた。卓は袋入れのサポートだけをする。
あっという間に会計が進み、みるみるお客さんの列が減っていく。
卓は店長の丁寧なレジ捌きに舌を巻いた。
「愛華ちゃん! 10番のセンターのフォワードにパスしないと!」
「ああっ! そうでした……! ごめんなさぁい!」
愛華は食い入るように画面を見て叫ぶ。
ミッドフィルダー8番を操作する愛華は、敵ディフェンダーを振り切ったあと、間違って逆サイドにあがったウイングのフォワードにパスを出す。
センター10番の上をボールが通りすぎていった。
日曜日の四時、大会の予選はすでに始まっていた。
毎週、オンラインで公式大会に参加し、最終上位6チームが実際に大会へ招待される。
その初めてのオンライン公式戦に、チーム竜王は臨んでいた。
「大丈夫大丈夫、もう相手チームのステータスはだいたい分かった。小海、俺が今からディフェンダー配置、変更するからな」
「了解」
卓が装着しているゴーグルには映画館並みのスクリーンが広がっていた。
各選手が持つ色のついた『ピン』を打つことで、配置を自由に変更できる。小海が操作している選手には三角マークがつき、だれが今どの選手を操作しているか、すぐに分かる仕組みになっていた。
このゲームを作った人はすごい奴だな、と卓は感心する。まるでピッチで指示する監督と同じように――いやそれ以上に、リアルタイムで敵味方のプレイ状況をよく把握できる。
「愛華ちゃん、8番から10番の攻めをもう一回やってみよう。8番を警戒しすぎて、10番の配置に敵はまだ気づいていない」
「わ、わかりましたっ!」
後半戦1―0で竜王がリードの状況、鉄壁のディフェンダーは相手からボールを奪うと、スタミナ最大のミッドフィルダー8番の奥にボールをパスする。
小海の操作は卓より断然うまく、よく卓の戦略を理解しており優れていた。
8番はそのままドリブルして、敵の最初のディフェンダーを難なくかいくぐる。次のディフェンダーを敵が送り込むと、十分に引き付けた後、オフサイドぎりぎりに配置されていたセンター10番へパスをつないだ。
集中した愛華は、テクニックが必要なダイレクトシュートを放ち、10番でゴールを決めた。
「よぉおし!」卓はガッツポーズをきめると、ハッとして恐る恐るゴーグルを浮かせ、周囲に目をやる。
――ちょっと声が大き過ぎた。
しかし愛華のにんまりとした顔が卓の目の前にあり、卓は頬にキスをされる。
「ちょっと! 愛華! 何をしてるの! だめだって!」小海はその様子を初めて目撃して、愛華の手を引く。愛華はもう片方の手で、卓の頬の口紅を拭った。
初戦は2―0で勝利し、卓は順調な滑り出しに満足した。
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