第13話

 チーム竜王は土日の昼三時に、小海の部屋に集合することにした。



 平日、卓はシフトの予定表に土日の希望を書き、バックヤードから夕方の惣菜を陳列しに店内に出る。

 しばらく作業をしていると、レジの応援要請が店内放送されて店長が卓の肩を叩いた。


「もうできるよね? 応援行ってくれる。いますぐ」


「わかりました」


 とりあえず、手に持っている唐揚げパックだけ並べて、台車を元に戻しレジに向かうと、長蛇の列ができている。

 レジの開設だけしてもらい、卓は初めてレジに立った。


 緊張してバーコードを通す手が震え、声も釣銭受けのカルトンも震えた。

 野菜の番号や値引きのボタンは、以前店長が教えたことをはっきりと覚えていたので、スムーズにいく。


 初めてのお客さんに深々と頭を下げて、次のお客さんを見ると、その後ろには十数人が控えており、みな一様にそわそわしながら卓をちらりと見る。パニックになりながらも、卓は慌てて商品を落とさないように慎重に会計を進めた。

 今まで接客のアルバイトをしたことがない卓は、自分を情けなくも思ったが、五人ほどこなすと少しずつ緊張が和らいできた。


 ひととおりレジを捌いて一息つくと背後から声がする。


「なにやってるの? レジでぼーっとしちゃだめ。早く陳列終わらせなさい」


 いつの間にかレジの後ろに店長がいる。どうやら卓はチェックされていたようだった。


「あ、すみません。レジをどうやって締めたらいいか分からなくて」


「いいわけしなくていいから。分かってるから」


 店長はテキパキとレジを閉めて、去っていった。卓は無意識にため息が漏れた。



 土曜日の三時、愛華が時間通りにやってきて小海の部屋でミーティングが始まった。


「今日は、チームのメンバーにステータスの割り振りをして登録したいと思う。事前に俺がステータスを振っておいた」


 卓は画面に選手のパラメーターの一覧を表示させた。


「おっさん。これ……8番のスタミナ最大じゃない! 他の選手が弱くなりすぎるでしょ」


「そう、相手のバランスを崩すため攻撃型ミッドフィルダーの8番は、突破口を作る役割を担っている。そのかわり、センターフォワードのスタミナはほとんどない。敵が近づく前にシュートすることが役割になるから、愛華ちゃんしっかり覚えておいてね」


「わかりました」


「……ふーん。ディフェンダーの背番号2以外は、比較的平均値だね」小海は画面をぼーっと見ているようだが、前監督の経験があるので、気づきが早い。


「ディフェンスは戦略が特に試されるところ。ボールを取らなければ話にならないから、2番のサイドバックにやや偏ってパラメータを配分して、ボールをカットする役割を担ってもらう」


「でも、おっさん。これだと、敵がボールをキープして時間稼ぎしたら、だれが取りに行くの。まさかサイドバックが上がってくるの」


「おっ、さすが前監督」卓はにやりと口角をあげて、フォーメーションが表示されている画面の前に立った。


「まず一人で捕りに行くことはしない。この中盤に位置する守備型ミッドフィルダー2人で捕りに行く」


「それだと、穴があいちゃうじゃん。二人を引き付けて、パスされたら攻められるよ」


「そうだな。攻めたくなるよな。それでディフェンスのサイドバックが効いてくるんだよ」


「……ふぅん」と小海は口を尖らせて「まぁそう上手くいくかな」と言った。


 卓と小海はあれこれ戦略について話し合う。

 愛華は熱心に聞いているようだったが、話し合いに参加せず、理解することでいっぱいの様子だった。


 やがて夕方になり、気づけば六時になっていた。


「……すまん! ちょっと時間を使いすぎた」卓は時計を初めて確認すると、愛華と小海に謝った。


「ホントだよ! おっさんどんだけ時間使うの! 愛華もう帰りがきちゃうじゃん!」


「いえいえ、これから楽しみになりました」


 愛華は卓の忠告に従って、少し暗くなるようであれば両親に車で迎えに来てもらうことにしていた。

 玄関のチャイムがなり、卓が挨拶もかねてドアを開ける。


「ええっ⁉ 店長⁉ どうしたんですか?」


 玄関ドアの前には、ディスカウントストアの店長が立っていた。


「あ、あれっ?」店長は開いたドアの後ろに回って、部屋の番号を確認する。


「もしかして、小海ちゃんのお父さん⁉」と目を丸くして、店長は頭を下げた。「いや、全然知らなかった」


 パート採用の履歴書には配偶者の有無しかないため、娘の友達の父だとは思ってもみない様子だった。


「すみません。私もまさか、愛華ちゃんのお父さんが店長だったなんて」


 店長は居心地が悪そうに、「愛華?」といって呼び寄せながら「いつも娘がお世話になっています」と付け足す。

 卓も「いえいえ、こちらこそ良くしてもらって」と答えた。


「小海ちゃん、また明日ね」愛華はいつもどおりの明るい笑顔で店長と去っていった。

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