第24話 京都迷宮案内Ⅰ(ここから夜見さん視点)

―五年前―


 うちが初めて彼と出会ったのは、小学六年生の夏休みだった。


 京都河原町駅の近くに柳小路というところがある。幅が二メートル程の小さな道で近くの四条通りや河原町通りに比べると人気ひとけも多くなくちょっと寂しい通りだ。普通の観光客ならぶらりと入ってくるようなところでもなく、地元の人だって抜け道というわけでもないから使うことは多くない。


 その柳小路の近くでウロウロしている少年がいた。少年といっても自分とそんなに歳は変わらなそうな見た目である。観光客の迷子だろうか。


 一年を通して多くの観光客が訪れる京都では珍しくもない光景である。


 無視しようかと思ったけど、彼と目が合ってしまった。というよりガン見されている。


 こういう時に自分の容姿が嫌になる。この目立つ銀髪はどこに行っても好奇の目で見られる。好奇の目で見られているだけならいいが、クラスメイトのなかにはそれだけで許してくれない人もいる。子供は自分が持っている言葉の刃の鋭さに気付かずにそれを振り回し傷つけてくる。


 白髪ババアならいい方でいろいろなことを言われた。思い出すのも嫌だ。引っ込み思案な性格も災いして、からかわれたり、いじめられたりする。私みたいな異端な人間をからかうのが好きなクラスメイトからはいい標的にされていた。


 幸いにして、両親も優しく兄妹仲もよかったので、生きているのが嫌とかそういうことはなかった。


 でも、学校生活が楽しいなんて思わなかったし、自分は日の当たる道を歩くような人生ではなく、名前の通り常に夜の闇に包まれている人生を歩んでいくものだと思っていた。


「君、地元の子? そうならちょっと教えて欲しいんだけど」


 先に声を掛けてきたのは彼だった。


 なんで地元の人だと思ったのやろう。見た目は地元の人っていうよりハーフの子が観光で来ましたって感じやと思うのやけど。


「だって、足取りに迷いがない様子で歩いていたから。この辺のこと知っているかと思って」


 ガン見していたのはうちの容姿ではなく足取りだったようだ。ちょっと恥ずかしい。ここまで言われると無視をするのもどうかと思ったので、立ち止まって話を聞くことにした。


「あのさ、このあたりに八兵衛明神があると思うのだけど知ってる?」


 八兵衛明神? そないなところあったやろうか。この近くの神社といえば錦天満宮やけどそこには八兵衛明神なんて奉られてなかったはず。そもそも八兵衛明神ってどないな神様なんやろ?


「八兵衛明神っていうのはたぶん見た目はタヌキの置物みたいな感じだと思うのだけど……」


 そこまで聞いて、やっと合点が行く場所を思い出した。柳小路にタヌキの置物がいくつか置かれた祠みたいなところがあった気がする。


「タヌキの置物なら知ってんで。連れてってあげる」


 特にこれから用事があったわけではない。家では高校三年生の兄がカリカリ勉強をしているので邪魔にならないように気を使う。ちょっと気晴らしに外に出たが暑くて堪らないので家電量販店にでも行って涼もうかと思っていたところだ。


「ありがとう。俺、ひかる東雲陽しののめひかる。君は?」

「うちは夜見美月よみみづき


 名乗るつもりなどなかったが、相手にだけ名の乗らせては悪いと思い一応名乗った。


 陽君は夏休みにこっちに住んでいる祖父母の家にしばらく預けられていて、せっかくなのでいろいろ見て回っているということだ。


 柳小路を進むと右手に小さな鳥居が建物と建物の間にあってそこに八匹のタヌキの置物がある。そして、鳥居と提灯には『八兵衛明神』と書かれていた。ここが陽君の探している八兵衛明神なのだろう。


 今まで柳小路は何度か通ったことはあって、タヌキの置物があることは記憶の片隅にあったがここが八兵衛明神とは知らなかった。


「これが陽君の探していた八兵衛明神?」

「うん、思っていたよりもこじんまりしているね。でも、本当にタヌキが八匹いる」


 八兵衛明神は鳥居の中には大きさ、色、柄の異なるタヌキの置物が八体並べられていた。


「でも、よくこんなところ知ってはったね。地元の人だってみんなが知っているとは思わへんよ」

「そうだね。この狭い路地にこんなにさりげなくあると見落としてしまうね」


 陽君は何かお願い事があるのかなむなむと手を合わせている。うちもせっかくここで見つけることができたのも何かの縁と思って手を合わせた。


 お願い事が終わったのか鞄からスマホを取り出すと何枚か八兵衛明神の写真を撮っている。陽君の持っているスマホはうちの子供専用機種と違って普通の機種だった。うちもそろそろ子供用機種の卒業を願い出ようか。


「陽君はなんで八兵衛明神のことを知ってん?」

「それは最近読んだ小説に出てきたから。その小説は京都が舞台で実際の地名がたくさん出てくるからそこがどんなところか見てみたくなったんだ。聖地巡礼っていうやつだよ」


 聖地巡礼という言葉は何度か聞いたことがある。マンガや小説等の舞台をファンの人が実際に回るということで、過熱したファンの行動が問題になっているとネットのニュースで見た。


 うちもいろいろ本は読むけどそういう楽しみ方はしたことがなかったから新鮮に感じた。


 ちなみに自分が最近読んだ本はミヒャエル・エンデの『モモ』だ。


「そないなことなら、この後も小説の舞台になったところに行きはるの?」

「うん、この後は寺町通りにあるスマート珈琲に行こうと思っている。あと、小説の舞台ではないけどついでに錦天満宮にもいきたいと思っているところ」


 スマート珈琲は入ったことはないけど店の前を通ったことはある。今風のカフェという感じのお店ではなく、昔ながらの喫茶店という方がしっくりくる店構えだったと思う。


 錦天満宮はこのあたりに住んでいれば誰でも知っている神社で寺町商店街のアーケードから参道が伸びており、こちらは八兵衛明神のように見逃すことはない。


「あ、あの、よかったらうちも付いて行ってええやろか? たぶんそこは八兵衛明神ほど道はややこしくないと思うけど、うちはどっちも場所知っているさかい」


― ― ― ― ― ―

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 京都編に出てくる地名などは本当にあるものが多いです。もちろん、八兵衛明神も柳小路にあります。

 次回更新は12月28日午前6時の予定です。 

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