第2話 転生体とこの世界
半透明ウインドウのナヴィと僕は、川に沿って移動を始めた。
自分の身体が信じられずに最初は10歩進んでは立ち止まってドキドキ待ち受けてみたが、動悸、息切れ、関節痛などに襲われない。
調子に乗った僕は、一目散に走りだした。
「ひゃっほおおおおおおう!!」
『ワタル! ワタル?! 待ってください! 止まってください、ワタル!』
「僕は、自由っ!! っだーーーっっっっ!!」
『停止を推奨します!』
「あぶっ?!」
ナヴィを置き去りにして、人目のない森の中だからとはしゃぎすぎた。変なスイッチが入ってしまったんだと思う。アイキャンフライと叫ばなかっただけマシだろう。
目の前に赤い停止マークを表示したナヴィのウインドウが急に現れて、僕は驚いて急停止する。止まりきれずに、思いっきり転けた。
「いてて……、痛くない!」
『あまり興奮しないで。落ち着いて、ワタル。ここは非安全区域です』
転んだのに痛くないどころか、おもいっきり顔で地面を滑ったのに擦過傷もない。ヒリヒリすらしない。健康ってすごい。
そんな風にはしゃいだ気持ちと、妙に冷静な気持ちがあって、冷静な方に軍配が上がった。聞き流せない言葉が聞こえたのだ。
「非安全区域……?」
『このエリアには野生動物から魔獣まで出現します』
「ひえっ……?!」
自由に身体が動くとは言っても、僕は前世で犬や猫とも関わったことが無い。
いきなり襲ってきそうな動物との邂逅は少々ハードルが高い。どうせなら仲良くなりたいじゃないか。
ナヴィが【ヴェルギオン・オンライン】と今いるこの場所、ヴェルギオンを区別して語っているのもあるし、死の間際の記憶もある。おかげで異世界転生を受け入れている自分がいるけれど、そうなってくると健康な身体で現実でどこまでできるのか、というのが全く分からない。参考にできる過去が無いからだ。
『現在は私が索敵を行なっています。不意にぶつかったりしなければ攻撃されません』
「それ、フラグって言わない?」
『フラグを折るためにも、説明を進めましょう。そのまま直進150メートルです』
説明のナビと道のナビが混在しているが、大人しくまっすぐ進みながら頷く。
左手に湖が見えた。大きいし綺麗だ。唐突に森が開けて、水面が白く光っている。あの水、飲めるのかな?
『まずはあなたの肉体について説明します。また駆け出されたら危ないので。私は物理に干渉できません』
「分かった」
『ステータス、と唱えてください』
「ステータスあるんだ?!」
『後に詳しく説明しますが、あります』
定番、というかチュートリアルめいてきた。
唱えると、目の前にナヴィとは別の半透明なウィンドウが現れる。
内容を順に追っていくが……うー、ん?
名前 ワタル 職業 【職人】(固有職)
種族 ハイヒューマン 年齢 17
レベル 841(レベルキャップ 2/3)
この時点で何かおかしい。
確かにゲームの中では固有職を手に入れたけど、それがそのまま反映されている。
種族は知らない。ゲーム中だとヒューマンだったはずなんだけどな……。
そして、年齢はゲーム中の肉体年齢に合わせてあるのだろう。23ではなく17になっている。レベルも引き継がれているせいで、ステータス初期値がおかしい事になっていた。
HP 38525
MP 99999
攻撃力 320
防御力 576
魔法攻撃力 476
魔法防御力 827
丈夫さ 999(+++)
器用さ 999(+++)
賢さ 830
素早さ 120
幸運 999(+++)
スキル
職人 Lv.-
(鍛治・裁縫・調合・建築・木工・石工・加工・修復・製造・料理・錬金術・クラフト・魔導具、他凡ゆる創造行為の統合スキル)
鑑定 Lv.10/10
素材収集 Lv.10/10
(採取・伐採・釣り・採掘・解体・合成・分解、その他素材を得る行為の統合スキル)
売買 Lv.5/10
インベントリ Lv.-
魔法
生活魔法 Lv.10/10
火属性魔法 Lv.3/10
水属性魔法 Lv.2/10
無属性魔法 Lv.5/10
付与魔法 Lv.10/10
固有能力・加護
【神腕】【物理法則】【神々の愛子】
多少流し見になったけど、最後の3項目は一応ちゃんと読んだ。数字を並べられても、ここがゲームとは違うのなら比較対象がない。たぶんとっても丈夫なんだろう、とは思うけれど。
ただ、殆どゲーム中のステータスと一緒だ。レベルキャップの解放は100で一回、500で二回目。三回目もあるみたいだから、もしかしたらそのうちレベルが上がるかもしれない。
ゲーム知識と一緒なら、固有スキルも分かりやすい。
【神腕】は念力みたいなもので、見えない巨大な腕が重いものを持ったり高い場所に設置できたりする。数は無制限でどんな攻撃も防いでくれる。採取中の防御にも使える。ただし、繊細な動きが苦手。
【物理法則】は対象が自分以外の物に対して重さや耐久を好きにいじれる。物の持つポテンシャル以上の事はできないから軽さを0にすると消えたりする。存在まで軽くなってしまうみたいだった、物理なのに。
「うーん、このステータスは僕の感覚だとぶっ飛んでると思うんだけど……」
『安心してください、この世界の常識でもぶっ飛んでいます』
「だよねぇ?!」
これが普通の世界なのかな? なんて、ちょっと期待した僕が馬鹿だった。
正直に言って、僕はプレイを始めてから13年間、廃人プレイをしてきたのだ。他にできることもなかったから。現実よりも、ゲームの中で長く過ごした。
その廃人プレイの結果を現実に持ち込んだらいけない気がする。そのうえ、なんか加護みたいなものも増えているし。ステータス横の(+++)って加護の分では?
『なので、あなたは今現在、この世界での超越者になっています。中途半端な力は制御が難しいのですが、あなた程鍛えてあると有事の際とそれ以外で能力に無意識でセーブをかけられます。また、ステータスオープン、と唱えることで他人にステータスを知らせることができますが、基本この世界では非推奨行動です』
「えーと、とりあえず普通に過ごす分には一般人の動きができて、ステータスは開示しないのが正解。あってる?」
『あっています』
ステータスを確認しながらナヴィの案内で周りを見ずに歩いていたら、いつの間にか森の出口に到着していた。
木々の間から白い光が見え、そこから出ると広大な草原が広がっている。勾配のついた丘もあれば、城壁に囲まれた場所もある。
(そして、やっぱり“知っている”んだよなぁ……)
『では、この世界について大まかに説明します』
「お願いします」
『まず、この世界の名前はヴェルギオン。地球が物質優位、この世界は精神優位。剣と魔法の世界で、文明の発達方向が地球とは違います』
「……どちらが上とかではないんだ?」
『はい。一見未発達に見えても、地球とは何から何まで違う、高度な文明です。スキルと魔法が最たる物でしょう』
地球とできることの差を比べて優劣を決めるのは無意味、と僕は頭の中に刻んだ。
とはいえ、僕は地球の一般常識をあまり知らないから、そこまで比較して後悔したりはしなさそうだけど。
『そして、ワタルが地球でプレイした【ヴェルギオン・オンライン】は、この世界のミラーリングでした』
「へ?」
『つまり、本来のこの世界の流れとは異なる時間が流れる、意図的に造られたパラレルワールド。そこでワタルや他の地球人は遊んでいたのです』
「……、つまり?」
いきなりの爆弾発言に僕の理解が追いつかない。
ゲームだと思っていた世界は、実際の世界の意図的なパラレルワールド……? だめだ、反芻してみても全く理解できない。
『ここは精神優位の世界なので可能でした。ワタルの両親は創造神と契約し、予めこの世界にワタルを馴染ませるため、用意したパラレルワールドに地球人の精神を接続する機器、または目印となる情報の書き込まれた物質を販売、提供したのです』
「ツッコミどころと理解不能ポイントしかないけど、一番気になるところだけ聞くよ。何? 僕の両親が創造神と契約って……」
『ワタルの魂は、本来こちらの世界に適応するものなのです。これは例えですが、この世界の魔導具の設計図を地球に持ち込んだところで、大気も素材も構成成分から違う上に、魔力、魔素も無いので作れるはずも動くはずも無い。それを、うっかり……いえ、手違いでワタルは地球の輪廻に入ってしまいました』
うっかりって言ったな?! 聞いたからな?!
超虚弱体質の理由が転生してから判明した瞬間だ。
僕は別にはじめての症例ではなかったようなので、たびたび創造神サマはうっかりしてないか?
そういった諸々のツッコミを別にしたら、その魔導具の設計図が僕の魂にあたるのだ、というのはすぐに頭に染み込んだ。そりゃ、地球じゃ息をするのも精一杯だろう。
よく23歳まで生きられたな、と感心してしまう。父さんと母さんと、僕のことを生かし続けてくれた病院の人たちに深く感謝する。
『それで、ワタルの両親は創造神のお告げによってワタルの虚弱体質の理由を知り、生まれたからには生きてほしい、という願いを叶える形を模索して、結果【ヴェルギオン・オンライン】が生まれたというわけです。大多数の人間や国、歴史については設定と史実で反映されていませんが、ここはワタルの知る世界と同一と考えてくださって構いません』
「分かった」
ナヴィは僕があっさりと納得したせいか、少し沈黙した。目視できる街の方に街道を進んでいるので、ナビゲーションはもう必要ないけれど。
同一ならば、この世界を僕は知っている。あの街は【アガサタウン】。
サーバーに接続して最初に降り立つ、いわゆるはじまりの街となる拠点だ。
『ワタルは、間違いなくこの世界の住人です』
「……うーん、実感ないなぁ」
恭しい断言、というものを食らったけれど、それもまたあまり考えても仕方がない。
疑う余地もないので、そのまま受け止めよう。
ナヴィにその他街に入る前のチュートリアルを聞いているうちに、街の門へと到着した。
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