葉山理緒と九重美咲 50
「サキさんって、嫌いな人いる?」
「両手で足りるかギリぐらいにはいるけど」
さらりと答えた紫は紫煙を輪っかの形で吐き出した。最近よくやるので、ハマっているのかもしれない。理緒もこっそり試してみたができなかった。
両手……と軽くうめいて、質問を続ける。
「もう会いたくないとか、同じ街に住んでてほしくないとかある?」
「なんなら追い出したやつはいるな。もし戻ってきてたらシメてやるんだけど」
紫の返答に軽く引いていると、紫は冗談だよ、と手を振った。どうにも昔はヤンキーっぽかったみたいなので、あまり冗談にも聞こえないが。
「どうした、シメてほしいやつでもいるのか」
「そんなこと頼まないよ」
「ま、現実でそんなことしたら普通に犯罪だしな」
「……ゆあに会ってさ」
「そいつならなんとか犯罪にならないようにヤってもいいけど」
「そういう話じゃなくて」
軽い調子で言っているものの、一瞬目が据わったのがわかった。
理緒が車道に飛び出したのを止めたのは紫だ。あのあとも話題に出さないままも色々と気を遣ってくれていたのもわかっている。
紫は一緒にいると不思議に安心して、甘えてしまう。友達ではあるけれど、もし姉がいればこんな感じかもしれないと思う。
「ゆあが働いてた本屋に知らずに行って、会っちゃって発作が出たんだけど……」
「なんかされたのか?」
「ううん、顔を見ただけ。でも、友達が……」
少したどたどしくも倉橋のことを話した。言葉に迷うたびに、自分の中の迷いを自覚させられて気持ちが沈んでしまう。
話し終えた理緒を前に、紫は難しそうに紫煙を吐き出した。
「なんかさ、お前って厄介なやつ引き寄せるタイプなのかもな」
「厄介って……そういうんじゃないよ」
「中学の時の友達って言ってもさ、数年ぶりに会った友達が変わっちゃってるなんてよくある話だよ。まずい相手とわかって付き合い続けるのは、お前にとってもよくない」
「…………」
「嫌いな相手にどっか行って欲しいってのは別に普通だよ。聞いてる感じちょっとやばそうな気がするけどな」
「再会したときは普通だったんだけど」
「そりゃやばいやつがずっとやばいわけじゃないだろ」
さらりと言い返されて、続ける言葉を失う。
次の煙草に火を点ける。深く煙を吸い込み、吐き出す。むっとした気持ちが少し薄くなり、クリアになっていく。
「倉橋、良い人なんだよ。大袈裟じゃなくて、あたしが今こうしていられるのも倉橋がいたからだし。どうしてあそこまで言うんだろって思うけど……そこまでしてほしくなんてないのに」
「じゃあ、どうしてほしい?」
「……普通に友達としていられたらそれでいいよ。ゆあのことなんて気にしないで」
そうはいっても、現実に理緒は発作を起こしてしまっている。気にしないと言いたいのにそうされたらやはり気になってしまうのかもしれない。
だとすれば……
「発作を起こしたせいかも」
「ん?」
「あたしが発作を起こしたから、あんなこと言い出したのかもって」
「だったらお前が悪いのか?」
「…………」
悪い、とは思わない。けれど、それが原因になってしまったかもしれないとは思う。
自分を責めても何も解決しない。そんな何回も繰り返した思考からどうやっても抜け出せない。
「お前さ……」
「なに?」
訊き返すのだが、紫は気まずそうに視線を彷徨わせている。
沈黙の中、もう一つのことに気が付いた。
倉橋は、再会したときは変わった様子はなかった。激しさも感じることもなく、普通に話すことができていた。
それが変わった明確な切っ掛けが、確かにあった。
美咲のことを話したことと、ゆあのことを話したことだ。
理緒が八つ当たりのようにぶつけた過去が、倉橋をああさせたのではないだろうか。
それなら、理緒の行為が招いたことだ。
(でも、それって……)
なんとか思考をまとめようとしていると、とんとん、と音が聞こえた。
見ると、紫がテーブルを叩いている音だった。タバコを灰皿に揉み消して、紫煙ではない息を吐いた。
「私はすぐ人のせいにするやつって嫌いなんだよ。ぐちぐち言ってたってなんも変わるわけじゃないのにさ。お前はほんとにそういうことしないけど……変わらないよ」
「……変わらない?」
「お前はすぐ自分のせいだって言うけど、 なにも変えられないなら言ってる意味ないよ」
「…………」
「自分のせいだって思うなら、繰り返すなよ。じゃなかったら意味ない」
「そう、だね」
紫の言葉はひどく痛かった。
もっともな叱責だった。すぐ自分のせいだって思うのは多少自覚はある。しかし今までそれで何か変えられたかというと、あまり自信はない。
痛い、けれど、胸が温かくなるのも感じていた。
「あとさ、自分のせいじゃないことは自分のせいだって思うなよ。発作を起こしたのはなんも悪くないだろ、普通に」
「……うん」
「どうしようもないことまで自分のせいだなんて思うのは思考停止だよ。直せばよかったところは直して、あとは全部人のせいにしちまえばいいんだ」
「サキさん、さっきと言ってること微妙に違う」
「そう? 違わないよ」
紫は適当な調子で笑って、新しい煙草に火を点けた。
理緒も短くなった煙草を灰皿に押し当て、次の煙草を吸う。
「サキさん、ありがと」
「あ? なんだよ」
「……やっぱりお母さんみたいだなって」
「姉にしろって言ってんだろ」
睨むように目を細める紫に、つい笑みがこぼれた。照れ隠しが見えるが、それを指摘するとさすがに怒りそうなのでやめておく。
「もっと、ちゃんと考えてみる。考えてからどうするか決める」
「そっか。ほどほどにな……なんかあったら来い」
「うん」
「それと……その友達、倉橋だっけ? そいつさ、お前のこと……」
「たぶん、そうかも」
認める理緒に、紫は不思議がって訊ねた。
「なんだ、理緒もそう思ってたのか」
「……今ね。もしかしたらそうかもって」
「あー、私は話聞いただけだから絶対にそうだっては言えないけど……」
「あたしだって絶対そうだってわけじゃないよ。でも、なんとなく」
「……そっか」
予想が当たっていたとしても、理緒としては変わらない。
考えることは変わらないし、きっと言うことも変わらないと思う。
過ちを繰り返さないためには、そうしなければいけない。紫と話をしなかったら、こんなことにも気づけなかったかもしれない。
「もっとしっかりしないとダメだよね、あたし」
「あ?」
「成長して、大人になりたい。もっと強くなりたいの。サキさんみたいになりたい」
「私みたいになんてなんなくていいよ……てか、お前は十分強いと思うけどな」
「……そうかな」
「ああ、考えるのはいいけど少しは肩の力抜け。」
「うん……」
紫が調子の良いことを言う人間ではないことはわかっているが、強いと言われてもピンとはこない。
何があっても、深く傷つかず、笑っていられて、周囲に不安をかけないようにしたい。そんな強さが、理緒は欲しい。
それができれば、倉橋のことだって少しは違っていたはずだから。
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