葉山理緒と人見ゆあ 16
「……これで、全部」
部屋に入るとすぐに今までのことを話した。
紫に話したことと同じことを話すだけなのに、うつむきながら、たどたどしく、まとまらないままだった。
二人は辛抱強く口を挟まずに最後まで聞いてくれた。うつむいていたので、どんな風に聞いているのかはわからない。
どうしてだか顔を見ることができなかった。親友二人が、この話をどう受け取るのか想像するだけで怖い。
それでも黙っていることができなかった。抱えているものをすべて吐き出してしまいたかった。どうして今までこの選択肢を選ばなかったのかがわからないぐらい、吐き出すことはわずかに気を楽にした。
うつむいたままの理緒の耳に、ぼそりとした音が聞こえた。
「……す」
沙耶の声だった。そっと顔をあげてみると、沙耶もまたうつむいていた。ぶるぶると震えて、膝の上の手をぎゅうと握っている。
その手に、沙耶の涙が落ちた。
「殺してやる」
「……え?」
耳にしたものが本当に沙耶が言ったものなのかわからなくなって、思わず聞き返す。
沙耶は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、食いしばるようにして繰り返した。
「そいつのこと、殺してやりたい。理緒ちゃんをそんな目に遭わせるなんて、絶対に許せない」
「さ、沙耶……?」
思ってもなかった激しい反応にたじろぐ。普段の沙耶はおとなしく、こんな言葉を使ったりするところは見たことがない。
香澄は落ち着いているように見えた。まあまあ、と沙耶の肩を叩いている。
沙耶はキッと香澄を睨みつけて吠えた。
「まあまあじゃないよ! 香澄ちゃんはなんとも思わないの!?」
「そりゃ怒ってるけど、沙耶に先越されたから」
「だって、こんなの……!」
「まあまあ」
適当な調子でなだめて、香澄は理緒にじとっとしたまなざしを向けてきた。
「アタシは理緒にも怒ってるし」
「……あたし?」
不安にかられる理緒に、香澄はこくりとうなずく。
「なんで言ってくれないの?」
「…………」
「辛い目に遭ってるなら言ってくれればいいのに。なんで言わなかったの? なんか、すごく嫌」
「……ごめん」
口をついて出たのは、単純な謝罪だった。
香澄の言う通りで、早く言えば良かったのかもしれない。ゆあとのことは自分で解決すべきだと思ったけれど、間違いだったのかもしれない。
自分の至らなさが本当に嫌になる。
「言えないよっ」
沙耶だった。涙を流しながら、香澄の肩をぽかりと叩いている。
「言えないんだよ。恥ずかしいとか迷惑とか色々考えて自分だけでなんとかしなくちゃって、余計に何もできなくなっちゃうの。それなのに、責めるようなこと言わないでよ……!」
「責めてるわけじゃないよ」
叩かれるに任せて香澄が困ったようにこちらを見てくる。沙耶にたじたじになっている香澄の姿は珍しい。
理緒としては責められてるとは感じていなかった。香澄にそのつもりがないのもそうだと思う。けれど、沙耶が言ったこともわかってしまった。
沙耶も以前、色々あって閉じこもってしまったことがあった。その時はなかなか何も言ってくれなくてやきもきしたのを覚えている。
理緒も同じことをしていた。沙耶の言葉で、そのことに気がついた。
「沙耶、いいよ。あたしが悪かったんだよ」
「絶対違うよ!」
否定する沙耶に、ゆっくりとかぶりと振る。
「ううん。二人に何も言わなかったの、違ってた。言えばよかった……だから、ごめん」
「……理緒ちゃん」
「あ、そっか」
ぽんと、香澄が手を叩く。
「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだ。じゃあ怒るのも違うのかな……なんだろ。でも嫌は嫌だな……ねえ、どうしたらいい?」
「……わかんないよ」
投げやりに応じながらも、どこか力が抜ける。香澄はやっぱり香澄で変わらない。それがとてもありがたかったけれど、そうは言いたくなかった。調子に乗るし。
香澄の言ってることは正直わかってしまう。沙耶の時に感じたことを、香澄もまた感じているのだろう。それでも同じことをしているのだから世話がないとも思う。
成長してないなぁ、と自嘲する。
「ま、いいや。それで理緒はどうするの?」
「…………」
「理緒?」
「…………」
「香澄ちゃん、今は……」
沈黙する理緒を見かねたように沙耶が制止する。
香澄は不思議そうに首を傾げた。
「いや、話しておかないと」
「ここまで話してくれただけで十分だよ。そんな詰めるようにしても理緒ちゃんが辛いだけで……」
「だって理緒が死んだら嫌だし」
さらりとして口調で香澄が続ける。
「うっかり自殺しそうになったんでしょ? それなのに話聞いて終わりじゃ意味なくない? このままにしておけるわけないじゃん」
「……私も、そうだけど」
小さい声で沙耶が認める。
二人の心配の深さが目に見えて、視界がまたにじむ。
なにをやっていたんだろう、と何度目かわからない自責の念がこみ上げる。ゆあとのことは理緒の問題だ。その考えは変わらない。でも、解決できないままにこうして心配をかけてしまっている。
中学生の時は、ひたすらに絶望していた。解決という言葉も存在せずに死んだように生きていた。
あの時は、倉橋に会えたからどうにか生きながらえたと思っている。倉橋の家に毎日行っていたから心が壊れずにいられた。
その倉橋も連絡が取れなくなってしまった。とても寂しかったが、最近では仕方ないとも思うようになってきた。それでも思い出すと胸に痛みが走る。
今だって、こうして心配してくれる友達がいる。
それだけで、全部いいんじゃないか。
「あのさ」
理緒が口を開くと、二人がこちらを見た。
「あたし……どうすればいいのか全然わかんないんだ。もっと早くしなきゃいけなかったんだけど……ごめんまだわかんない。でも、こうしたいってのはあるんだ」
「なに?」
「……香澄と沙耶と、一緒にいたい」
この瞬間にしたいことを、二人に告げる。
「普通の話したい。いつもみたいに、だらだらと過ごしたい。だから……今日は一緒にいて」
「…………」
二人が顔を見合わせる。とたんに自分が子供じみたわがままを言っているようで、頬が熱を持った。
香澄が笑い出し、沙耶がほっとしたほうにほほ笑んだ。
「じゃあ泊りだね」
「お母さんに連絡してくる」
沙耶が立ち上がってベランダに向かった。
それを見届けた香澄はテーブルの上の袋をつい、とこちらに寄越した。
「理緒の頼みだからね。そうしよっか。アタシも沙耶も、理緒と話したいって思ってた」
「うん……明日になったら、ちゃんと考えるから」
「ん、アタシはさ、理緒や沙耶とずっと楽しくやっていきたいから。できることがあるならなんでもやるよ」
「香澄……」
「で」
香澄の目が細められ、声も落としてささやく。
「いつも通りと思って酒持ってきちゃったけど沙耶も飲むかな」
「……しまっといて」
呆れた半眼で返すと、香澄は少し残念そうに頷いた。
気兼ねのないいつものやりとりに心が軽くなって、また少し泣きそうになった。
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