葉山理緒と人見ゆあ 7
「理緒ー、学食行こー」
昼休みになるとすぐに香澄が誘いに来た。沙耶も弁当を片手に横に並んでいる。
あー、とうめく。この三人で昼食を摂るのは毎日のことなのだが……
返事に迷っていると、スマートフォンが振動した。二人に断りながら確認すると、想像していた人物だった。
メッセージを確認してからスマートフォンを仕舞って、二人に軽く頭を下げる。
「ごめん、今日はちょっと……」
理緒の断りに、香澄も沙耶も同じようにきょとんとした顔を見せた。香澄は「わかったよ」と頷いて、
「今日は沙耶と食べるね。説教は大変だけど頑張ってね」
「先生に呼び出されたわけじゃないから」
香澄と適当に言い合って、教室を出る二人を見送る。
なんとなく一息ついて、よしと立ち上がる。と、教室の外から自分を呼ぶ声がした。それほど大きい声でもなかったのに、やけにすんなりと耳に届く。
教室のドアのところににこやかに手を振るゆあが立っていた。軽く手を振り返して、理緒も教室を出る。
「じゃあ行こ」
「うん」
廊下を歩き出すと、ゆあはすぐに理緒の手をとった。びっくりした勢いで手が離れそうになったが、強い力で手を引き寄せられる。
「が、学校の中だよ……」
「誰も気にしないってば。むしろ理緒の方だよ」
「……なにが?」
見上げて聞き返すと、ゆあは面白がるような微笑みで告げた。
「そんなに顔赤くしてたらこの人は恋人ですって宣言してるみたいだよ」
「し、してない……!」
慌てて言い返すのだが、頬が熱いのは自分でもわかっていた。
こうして歩いていても、誰かの視線を感じることはない。むしろ他にも手を繋いで歩く女子同士を見かけるぐらいで、確かに理緒が意識しすぎているのかもしれない。
理緒も、こんな風になってしまうなんて思ってはいなかった。書店で手を繋いでいた時はまだ普通にできていたのに、関係が恋人になり気持ちを自覚しただけでどうしようもなくなってしまっている。
ゆあの握る手がぐっと強くなった。
「ゆあ、ちょっと、痛い……」
「あ、ごめんつい」
短く謝ったゆあが手を握り直す。
ゆあが理緒を引っ張るように先導していたが、その足取りに確かなものがないように感じられた。
もしかして、と思いながらゆあに問いかける。
「どこに向かってるの……?」
「……どっか二人になれるところないかなって歩いてたんだけど」
とうとう歩みを止めて、ゆあは困り顔で理緒を見た。
「せっかくだから二人きりがいいし」
「……中庭は?」
学校の中庭にはいくつかベンチがあり、理緒は以前昼休みにはよく利用していた。微妙に行きづらいところにあるので意外に生徒の姿もなく、気楽に使っていた。二人きり、とまでは言えないかもしれないが、落ち着ける場所だ。
ゆあは少し考えるようにして、よし、と頷いた。再び理緒を先導するように歩いていく。
中庭には何組かの生徒がベンチを使っていたが、半分以上は空いていた。
一番近いベンチにゆあが向かい、手を惹かれた理緒も一緒に腰かける。
やっと人心地ついた感覚だったが、ゆあは落ち着かないようにきょろきょろと辺りを見回していた。
「どうしたの?」
「ん。二人きりは難しいなって思ってさ」
「…………」
どう返せばいいのかわからずについ黙り込んでしまう。
そんな理緒に何を感じたか、ゆあは気まずそうに手を振った。
「いやだって付き合ってるんだから二人がいいじゃん」
「ちょっと……」
制止するように声を上げる。ゆあの声は特別大きいわけではなかったが、あまりにも普通に付き合っていると口にしたので慌ててしまう。
ゆあはなんでもないように理緒の頭を撫でてきた。
「誰も聞いてないよ。聞いてたってどうでもいいし」
「でもさ……」
「理緒は知られたくないの?」
「……周りに宣伝したいわけじゃないよ」
理緒にできる精一杯の返答だった。そもそもゆあと付き合うことになっただけでもいっぱいいっぱいなのに、他に気を回す余裕なんてまるでないのだ。
ゆあは理緒の顔を眺めるようにして、そ、と短く返事をした。
「ま、私も理緒がいればそれでいいんだけど……」
ゆあはパンの袋を開けてぱくりとかじりついた。もぐもぐとしながら考えるように空を仰ぎ見て、パンを嚥下してから口を開く。
「二人っきりって意外と難しいよね。なんかこそこそしてるみたいになっちゃうもあれだし。カラオケとかネカフェとかもお金かかるしね」
「…………」
ゆあは悩んでいるが、理緒には解決できるアイデアがあった。
当たり前に口にできることのはずなのに、どうしてだか躊躇いがあった。その躊躇いが何に起因しているのかわからないまま、どうにかゆあに提案する。
「それなら、うちに来る? とか……」
「理緒の家? いいの?」
「……うん」
理緒の提案にゆあはなぜだか少し恥ずかしそうにした。理緒もなんだか恥ずかしくなって、ついうつむいてしまう。
「じゃあ今日いい?」
「今日……うん、大丈夫」
「そう? 家の人になんか言わなくても大丈夫?」
「あー……あたし、一人暮らししてるから」
「え!?」
ゆあの驚いた声が中庭に響いて、理緒も思わず首を縮めた。
ゆあも大声を恥じるようにして、周囲をうかがってから理緒に視線を戻す。
「一人暮らししてるの?」
「うん……」
「知らなかった」
「……言ってなかったから」
「えーそうだったんだ……いいね」
「いい、かな」
困り顔を隠せずに応じる理緒の手を、ゆあが掴んで引き寄せた。
「いいじゃん。二人でゆっくりできるね」
「……そうだね」
急に手を握られたことと言われた内容に照れくささを感じる。こうした感覚にもなれる日が来るのだろうかとやや不安に思う。
ゆあはとても嬉しそうにしながら、顔を寄せて囁いた。
「二人きりだと、ちょっと我慢できないかも」
「……?」
「好きだよ、理緒」
耳を撫でるような声に、びくりと体が震える。
理緒の目を覗くゆあが何を求めているのか、どうしてだかわかってしまった。
きっと、自分も同じことを思っていたからかもしれない。
「あたしも……好き」
理緒のごく小さいつぶやきに反応して、ゆあが深くとろけるような笑みを浮かべる。
(……こんな顔するんだ)
ゆあの顔に見とれていると、ゆあはふっと笑って顔を離した。
からかうようなにやにやとした微笑みに変わり、ゆあは面白そうに言う。
「楽しみだね」
「う、うん……」
答えながら、さきほどのゆあの発言が思い出された。
『二人きりだと、ちょっと我慢できないかも』
冗談めかした言い方で、一瞬何のことを言ってるのかわからなかったが。
(大丈夫……だよね)
内心に染みのように浮かぶ不安を押し殺して、できる限り平静な表情を作って昼食を再開した。
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