葉山理緒と九重美咲 28
「ごめんなさい!」
顔を合わせた第一声がそれだったので、理緒はどうしたものかと半眼で美咲を見やった。
待ち合わせたのは公園だった。美咲と出会った公園で、なんだかいつものというような感覚すら生まれてきている。美咲が公園と言った時点でここが浮かんだぐらいだ。
頭を下げた美咲を前に、理緒はこっそりと嘆息した。
「……一応訊くけど、何を謝ってるの?」
「理緒さんのお家に行った時、態度悪くしてしまって……」
「今頃?」
つい口調が硬くなって、一瞬で発言を後悔した。責めたいわけではないのに、つい口をついてでてしまった。
美咲はおろおろと慌ててまた頭を下げる。謝罪を繰り返す美咲を止め、再び嘆息して美咲の目を覗く。
わかりやすすぎるほどの動揺をたたえた瞳は、ともすればわざとらしいようにすら見える。だが、美咲にそういうつもりがないこともわかってしまう。
理緒としては今回のことでどういう感情を抱けばいいのかがいまいちわからずにいる。怒ればいいのか、悲しめばいいのか、気にせずに流せばいいのか、どうすれば正解なのかがわからない。
怒るのは苦手だ。ふざけすぎた香澄に突っ込みのように注意することはできるが、怒った結果ではない。そうした方が良さそうだなという判断が働くに過ぎない。
たまに言われてしまうことだが、理緒は感情を外に出すのが苦手だ。というより、怒り方がわからないのだ。
だから、美咲に対してもどういう態度をとればいいのかがわからずにいる。
戸惑いながら、そういえばと思い出す。美咲と最初に喫茶店に行った時は思い切り怒ったのだった。あの時はどうしてあそこまで反応ができたのだろうか。
(たぶん……)
美咲だからだ、と結論する。あの時は美咲への想いをはっきりと自覚できていたわけではなかったが、美咲を特別に見そうになっていたから防衛してしまったのだろう。
情けないな、と自嘲する。自分のみっともなさで美咲に嫌な思いをさせたかもと思うと、恥ずかしくてたまらない。
ふと、あることを想像した。
もしかしたら、美咲も……
(……ないよ、そんなの)
想像というより、妄想の域だ。頭にちらついた考えを振り払って、さて、と仕切り直す心地で考える。
美咲が何を考えてこうしているのかがわからない。あんな態度を取って、二週間も経ってから突然謝ってくる。失礼と言えばそうで、いったい何のつもりだろうと首を傾げざるを得ない。
理緒の方も美咲に連絡はできずにいた。香澄が言ったように、どういうつもりなのかと問い詰めても良かったのではないか。問い詰めるとまでは行かなくても、どうしたの、とただ一言でもメッセージを送ることは何も難しくない。
避けていたんだ、と認める。美咲に会いたいと思いながらも、恐れからそうしていた。はっきりとした拒絶を恐れて、自分から接するのを避けた。
前に進む、と繰り言のように意識してきた。それが何を意味するのかが曖昧なまま、結局は何もしていないのではないかとも思わされる。ただそれっぽいことを標語のように掲げただけで、実態は何も伴っていないのではないだろうか。
ただ、とこうすればいいのではないかと思うことはある。理緒はあまり自分から何かするということはない。そんな理緒にも、良い出会いというものはあった。そしてそれは、どちらかの踏み出しがなければありえなかった。
美咲との出会いが、良いものといえるのかはまだわからない。それを判断するのには、もう少し踏み出さないといけない。
人を好きになるのは二度目だ。最初の時はとにかく浮かれまくって、痛い目を見た。後悔しかない記憶だ。未練ではなく、いまだにどうにかできなかったのかと思うこともある。
美咲のことは、正直よくわからない。何回かのデートで知れたこともあるが、その態度はよくわからないことも多い。真っすぐで素直な人だと感じているが、こうして振り回されているような思いもある。
好きになったのはどうしてか、理緒にもよくわかっていない。ただ自然にそうなっていた。美咲の目に惹かれて、なのだろうか。ずいぶんと単純だなと自嘲したくもなる。
だから、美咲のことをもっと知りたい。付き合いを続けて、深めて、どんな人間なのかを見たい。
美咲も、そう思ってくれたらどれだけ嬉しいだろう。
「あたしは、さ」
何を話すのか、決まっていないまま口を開く。
「考えてたんだ。なんか美咲の気に障ることしちゃったかなって思ったけど、よくわかんなくて。ごめんね、あたし何かしたかな」
「違います」
美咲は泣きそうな表情でかぶりを振った。
ほっとすればいいのかわからずに、話を続ける。
「この二週間、美咲のこと考えてたよ。あんまり気にしないようにはしてたんだけど、どうしても気になっちゃって。でも、あたしから美咲に連絡とかはしなかった。なんでだろうね」
美咲に問いかけたわけではない。香澄の指摘を受けて、確かにと思うようになったことだ。気になるのなら、会いたいのなら、連絡だけでもしてみればよかった。もう連絡しないでと言われたわけでもないのだから、そうしたって構わないはずだ。
香澄の意見が正しいというわけではない。あの段階で引いて、距離を取るという選択肢も間違ってはいないと思う。だがそれは、それで理緒が納得できるならだ。
美咲に会いたかった。その気持ちに蓋をして、逃避していた。
美咲がどう思っているかなんてわからない。迷惑かもしれない。そんな言い訳を並べて、連絡を取らずにいることを自分に納得させていた。
恐れていた、のだろう。もし自分から連絡をして、決定的な拒絶を受けたら。そんな想像がなかったといえば嘘になる。
香澄の前で口にしたことが、きっと全てだ。
好きだから、会いたい。
「あたし友達作るの下手でさ。人と打ち解けるのも苦手で時間がかかるんだけど、美咲は話しやすいんだ。あんまり態度に出てないのかもしれないけど、美咲といるのはすごく楽しいよ」
美咲の目を真っすぐに見て、告げる。
「あたし、美咲のこと好きだよ」
「え……?」
美咲は呆けたように口をぽかんを開けた。
頬が熱を持つのを自覚する。まるで――いや、これは完全に告白だ。
だから、理緒は思い切りにかって笑って見せた。
「だからさ、もっと仲良くなりたい。迷惑じゃなかったらだけど」
「…………」
美咲はしばらく呆けていたが、不意に正気に戻ったようにはっとしてぶんぶんと頷いた。
「迷惑なんてないです! むしろわたしのほうこそ……理緒さんの迷惑じゃなかったら」
消え入るように美咲の声に苦笑する。
「うん。もちろん迷惑じゃないよ。けど、何か気になることがあるなら言ってほしいな。前みたいにされるとびっくりしちゃうから」
「はい……すみませんでした」
「なんかしちゃったかなってすごく考えたよ」
「理緒さんはなにも……むしろわたしが」
「うん?」
目を伏せる美咲に、あれと思う。
「寝ちゃったことなら気にしてないよ。あたしも寝ちゃったし。むしろあんな映画でごめんっていうか」
「そうじゃないんです……」
美咲の表情が苦しげなものに染まっていく。一体何をそんなに気にしているのだろう。何度思い返しても、家でのことにそんなに特別なものはなかったはずだ。美咲の態度には、理緒の方ではなく美咲が後悔しているなにかがあるように感じられた。
何か部屋にイタズラでもしたのだろうか。香澄がよくやるせいでそんなことすら浮かんでくる。美咲がそんなことをするのかはわからないが、この様子からはそんな単純なものでもないように見える。
目を伏せていた美咲は理緒の目を見据えた。
「わたし、理緒さんのことが好きです」
「う、うん」
好き、という言葉に心臓が跳ねあがったが、冷静に頷いておく。そんな意味ではないのはわかっているのが、不意打ち気味だったので過剰に反応しそうになってしまう。
「それで、わたし……」
戸惑う美咲を訝しく見返す。
どうやら話すつもりらしいので、こうなったらと黙って美咲の言葉を待つ。
美咲は覚悟を決めたように、口を開いた。
「わたし、寝ている理緒さんに……」
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