第13話 悪友キャラは決意を固める

 来栖愛奈くるすあいなは超がつくほどのメインヒロインである。


 人に弱みを見せることなく、誰に対してもツンケンした態度を取る美少女。

 原作ではとある中盤のイベントを経て、主人公にだけ素顔を見せるようになり彼女はデレて尽くす様になるが、今までのツンがあっただけにそのデレの破壊度は凄まじくなる。


 要はツンデレ。


 ゲーム序盤では主人公はおろか神崎琢磨になんて絶対心を開かない愛奈であるが、今の状況からしてシナリオは変わっていると言わざるを得ないだろう。


 ……まさか、愛奈がライバルになろうなんて提案してくるとはな。


 ゲーム知識があるからこそ、それは驚くべきことだった。


 正直な話、愛奈には拒絶されるものかと思っていたからだ。

 何せ俺は不可抗力とはいえ、胸を凝視してしまった身である。


 そのため、向こうから関係を持とうとしたことは驚く他ないだろう。


 まあ、神崎琢磨のデスサイズの威力を愛奈は目の当たりにしているし、神崎琢磨に近づこうとするのは興味本位なのかもしれない。


 いや、間違いなくそうだろう。彼女は負けず嫌いでもあるからな。


 ……ただ、そうだとしてもライバル関係に俺が乗らない手はなかった。


 愛奈と行動や特訓ができれば、それは間違いなく"成長"へと繋がるからだ。


 愛奈は現段階であれば、強さは控えめだが……後々は本当のチートキャラへと化す。


 そんな彼女と一緒に特訓。

 強くならないはずがない。


 ……それに。

 なんといっても響きが良い!

 だってそうだろう?


 メインヒロインと一緒に行動できるんだぜ? そんな特権を得られるなんて、恵まれすぎているじゃないか! 


 ………もっとも、俺は雫推しの身ではあるが。


 でも愛奈も好きなヒロインであるのに変わりはない。

 ゲームでお世話になったキャラと一緒に行動できる。

 その事実が俺の心を高ぶりに高ぶらせていた。


 ……ただ、一つだけ言わせて欲しい。


 愛奈に付き合うことになった特訓だが、はっきり言ってしんどすぎじゃないですか?


「……神崎っ! 風魔法にまだまだ乱れがある。もっと精神を統一してっ」

「なかなか、感覚を掴むのが難しくてな……それとちょっと厳しすぎないか?」

「馬鹿じゃないの? これくらいこなせないでどうするの……」


 喫茶店を後にし、今はとある山の中。

 人気のないこの場所は愛奈の特訓スポットなのだそうだ。


 喫茶店で話していたなか、お互いに今日は用事がないことを知った俺たちはそのまま特訓をすることになったのだ。


 それにしても、愛奈の特訓は厳しい。


 俺の風魔法が未熟なことをズバズバと見抜き、愛奈はその使い方を指導してきていた。


 自分の特訓に励むことができないほど俺の風魔法は未熟なのだろう。

 ただ、愛奈の言いようはかなり棘がある様に思えた。


 元々、愛奈はそういうキャラ付けだからと言われればそれまでなのだが、俺には彼女のアタリが強いことには心当たりがあったのだ。


♦︎♢♦︎


 時は少し前に遡る。


 ―――それは、喫茶店でのこと。


『……私はこのブラックコーヒーにする』


 魔力測定を終えてから、注文を取る流れとなり、愛奈はそう口にした。


 思わず吹き出しそうになるのを俺は堪える。


 愛奈は大の甘党なのだ。

 原作では彼女は甘い物好きなのを子供っぽいと思い込み、それを隠している、といった設定がある。


 結局、主人公にデレて素顔を見せるようになってからは包み隠さなくなったが、それまでは苦手なコーヒーをずっと頼み続けては飲んでいたんだよな……。


 では、なぜ苦手なコーヒーを飲むのか?


 それは苦いコーヒーを飲める人はカッコいい、と愛奈は思っているからだ。


 ……めっちゃ考え方が子供っぽいよな。

 そこも愛奈が可愛くユーザーから推される理由でもあるのだが。


 かといって、俺は愛奈がコーヒーを強がって飲んでいるといった知識がある。


 俺は気を使って、彼女が好きそうな甘いフラペチーノを頼んだ。


『……そ、そんな甘い物たのむんだ』

『まあ、でもこれちょっと甘さは控えめみたい。ちょっと飲んでみるか?』

『……えっ、ま、まあ? ……甘い物も少しくらい? ……なら、飲んでもいいけど』

 

 チラチラと視線を外しては俺のフラペチーノを眺める愛奈。

 どう見ても飲みたい奴の反応である。

 可愛い。

 彼女の反応に思わずそう唸ってしまう。

 

『……うん。ぜひ、飲んでみてほしい!』

『そ、そう? 仕方ないな………っ。ふ、ふ~ん。こ……こんな味なんだ』


 愛奈はフラペチーノを口にすると、目を一瞬輝かせてから元に戻す。

 そして唇を尖らせた。


 ……めっちゃ美味しいって思ってるんだろうな。


 なんて思いながら、彼女を見ていると愛奈はどこかはっとした様子でこちらを見やった。


『……なによ。その何とも言えない絶妙なキモい笑顔は。もしかして関節キスとか変なこと考えて―――!』


 どうやら俺は変な顔を浮かべてしまっていたらしい。


 横を見て反射する神崎琢磨の顔を確認するが、確かに今の俺の顔はきもかった。    

 下心あり、と思われても仕方がないだろう。


 慌てて俺は取り繕った。


『いや、これは違くて―――』

 と否定するも愛奈は冷えた笑みを浮かべてから口にした。


『このあと、特訓……OK?』

『いや、だから誤解で―――』

『OK?』

『……は、はい』


 有無を言わさぬ愛奈の怖い笑顔を前に俺は首を縦に振ることしかできない。


 ――――と、特訓にいたるまでそんな背景があったのである。


♦︎♢♦︎


「神崎……煩悩があるから中級魔法も使えないんじゃないの? 変なこと考えてるなら、私がその煩悩ごと神崎を燃やすけど」


 ……やっぱり、さっきのが原因かよ! いや、それしかないだろうけどさ。


 ただ思考が過激である。

 俺は必死に風魔法を使えるように励むが……。


「心に乱れがある。だから途中で魔法停止が起こるの。やっぱり、煩悩があるから?」

「いや、それはないかと……」

「ふ~ん。【炎の精霊に―――】」

「やめて! 死んじゃうから!」


 目の前が光に包まれ……爆発音が響く。

 

 どうやら俺は死ぬ気で強くならなければならなくなったらしい。


 じゃなきゃ、メインヒロインに焼かれそう。

 あれ? 今の俺のこの扱いは原作の神崎琢磨とあんまり変わらなくないか?


 その事実に気がつくと俺は、とにかく強くなろう、と決意を固めた。

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