第11話 測定します?

 信じたくないことはふとした時に起こるものである。


 こと、この世界はギャルゲの世界『ソードマジックラブリー』の世界そのもの。


 何が起こっても可笑しくないのは覚悟して

きたが、俺は反射的に目の前の人物に頭を下げていた。


 神崎琢磨の眼前にいる美少女は来栖愛奈。


 この世界のメインヒロインの一人と俺は(嬉しくない)邂逅を果たしたのだ。


 なんで主人公みたいな展開を俺が引き起こしてんだよ……それも嬉しくない意味で。


 ギャルゲの主人公にとってはお約束みたいなものだが、ラッキースケベやそれによるヒロインからのビンタは、はっきり言って羨ましいものではない。


 俺は冷や汗を搔きながら、頭を下げ続けていた。


 店員さんはそんな俺の姿を見て「え、えっと……」と困惑の声を上げている。


 対する愛奈の反応はといえば……。


「……ふんっ」


 汚物を見るかのような視線で俺の事を見下ろしていた。


 やっぱり土下座をした方がいいだろうか。

 なんて思った、ちょうどそのタイミングで愛奈は唇を尖らせた。


「まあもういい……。命拾いしたと思っとけばいいから」

「有難き幸せ!」

「馬鹿じゃないの?」

「……っ」


 俺は彼女のこの生声を聴けて不謹慎ながら胸を高鳴らせた。

 彼女のこの『馬鹿じゃないの?』という発言は愛奈のツン発言の一つであり、原作では愛奈推しが激増することになる原因でもあった。


 愛奈大好きユーザーは『馬鹿じゃないの?』音声のリストを作っているほどだ。


 それが生で聞けるとは……俺の推しキャラではないにしても感動が凄かったのである。


 もっとも、主人公にデレデレになってからはもっと破壊力が凄くなるわけであるが。


 内心で歓喜に打ち震える俺をどこか引きながらも愛奈は口を開く。


「それで、ひょっとして神崎も経験値が気になった感じ?」

「え、うん。あと魔力量も気になってな」

「そ。それで……その機械で測ったんだ?」


 愛奈は俺の手にある測定器に目をやった。


 愛奈の言いぶりから察するに彼女も隠しダンジョンで得られた経験値、またはそこから得た魔力量を俺と同じく測定しに来たのだろう。


 俺は愛奈に測定器を差し出した。


「これで測ってもらったんだけど、俺はさっぱりだったらしい。良かったらこれ使ってくれ」

「それよりもっとグレード上げないと、たぶん測れないと思う」

「え?」

「魔力量はどう反応に現れた? きっとその機械じゃ測れなかったんじゃない?」

「たしか魔力量が確認できないって……」


 と、それまで静観していた店員さんに目を向けると、彼女は小鹿の様に震えながら首を上下に振った。


 俺はそんなに威圧した覚えはないのだが……そんなに怖がらせただろうか。


 思わず悲しい気持ちに浸るが、良く見れば店員の視線は愛奈にくぎ付けとなっていた。


 この様子からするに、店員は愛奈に恐れ慄いている様である。


「そうでしょ? もっと精度の高いものじゃないと測れない」

「……そうなのか。ところで、君はあの店員さんに何をしたんだよ」


 ヒソヒソと耳元で話すと、嫌そうな顔を愛奈は浮かべたが彼女は合点がいったのか、肩をすくめて答えてみせた。


「きっと私の魔力を感知してるんだと思う。私の魔力って荒いらしいから」

「そんなことも分かるのか。俺は全然だけど……」

「それが普通。彼女は受付嬢の経験もあるから魔力感知ができるタイプなんだと思う」


 原作ではなかった知識だ。

 魔力感知に長けたタイプのヒューマンもいるらしい。

 そして俺はそんな店員さんに恐れられずに、また機器でも数値化されなかったあたり、魔力量は絶望的と言わざるを得ないだろう。


「まあ私が買うから、それで測ってみたら? 個人的に神崎の魔力も気になるし」

「それは有難いな、助かる」


 と、口にはするが……きっと絶望的なんだろうな。

 俺は思わず落胆するほかなかった。



 さて、グレードを上げた魔力測定器を愛奈が購入すると神崎琢磨と愛奈は近場の喫茶店に訪れた。


 店で測定でもよかったのだが、店員の恐怖の気持ちを汲んで喫茶店へとやってきたわけである。


 愛奈は席に着くや否や、早速……魔力測定機で測定を始めた。


 すると、色が煌めき感知器にはヒビが入る。


「……まあ、こんなもんか」


 愛奈は「……あんまり変わってない」と溢して、こちらに測定器を回してみせた。


 俺は生唾を飲み込んで測定器に魔力を流し込む。


 愛奈のように色が煌めくなんてことはあるのだろうか……。


 なんてちょっぴり期待するが、現実は非情なもので、特に変化が起きることはなかった。


 先ほどと同じ。無反応。


 ……おいおい、嘘だろ。原作であれば神崎琢磨はポテンシャル最強にしてたんじゃないのか? 話が違うぞ。


 原作者を問い詰めたい気持ちに駆られるが、俺は現実を受け止める。


 隠しダンジョンの経験値。現時点での魔力量やその他のステータス。


 大したことがないのだろう。


 そう確信して、もっと特訓を頑張ろうと気持ちを高ぶらせたところで、正対する愛奈を見やる。


 すると、彼女は目を丸くさせ口を呆然と開けていた。


 そして俺の視線に気づくと彼女は柔らかい笑みを突然、浮かべて告げるのだ。


「まだ名乗ってなかったけど……これは伝えなきゃね。私は来栖愛奈。私、神崎のこと……放っておけなくなったわ」


 ……えーと、どういうこと?

 

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