第20話 最終回


「シモン様、どうかされましたか? お加減でも悪いのですか」

レイヤーズ領へと帰る馬車の中、隣に座るマチルダが、黙り込んでしまったシモンに、心配したのか声をかけてくる。


優しくて、いつも我が事よりも、自分のことを気にかけてくれる。

その心配気な顔は、本気で自分のことを思ってくれているのが分かる。事実、命がけで自分のことを護ってくれた。

こんな人が他にいるだろうか。

絵姿を見て一目惚れをしたけれど、本人に会ってみて、それ以上に好きになっていく。


「マチルダ」

マチルダの両手を自分の両手で包み込むようにして握りしめる。

狭い馬車の中なのだ、目の前にはレイヤーズ夫妻がニヤニヤしながらこちらを見ている。まあ、そんなことを気にするシモンではないが。


「シ、シ、シモン様?」

たったこれだけのことで、真っ赤になるマチルダが可愛い。

自分の心を伝えたい。


「マチルダ、僕と結婚してください」

ストレートな言葉。


気の弱いマチルダは、シモンが言いくるめれば、嫌とは言えないと思う。

でも、それじゃあ駄目だ。

マチルダの本心で、“うん” と言ってほしい。

流されて結婚するのではなく、マチルダの意思で選んでほしい。


「僕はマチルダのことが好きだ。ううん、愛している」

キッパリと言い切るシモンに、マチルダは、ただただ目をしばたたかせる。


シモンと婚約をしてはいたが、一旦は解消しなければと思っていたのだ。

それなのにシモンはプロポーズしてくれた。

レイヤーズ夫妻は、しり込みするマチルダのために、社交界のしきたりさえも変えてくれた。

本当に自分でいいのだろうか? 自信のないマチルダには、どうしても臆病な心が出てきてしまう。


けれど、シモンのまっすぐな言葉は、マチルダの心に沁み込んでいく。徐々にマチルダの瞳からは涙が溢れてくる。


自分はゴツイ身体と厳つい顔をした、女性とは思えない容姿をしている。

幼いころから自分は結婚など出来はしないのだと思っていた。

12歳の時に、父親から婚約したと言われ、文通相手のシモンに、罪悪感が強くわいてきて、申し訳なくて、泣いて泣いて、家族どころか使用人達全てから心配されてしまった。


自分は一生領地に残り、魔獣を討伐するだけの人生を送るのだと思っていた。

婚約をしているとはいえ、自分の姿を見たシモンから、即座に断られると思い込んでいたから。

兄ガイザックはマチルダのことを可愛がってくれているから、売れ残りとなったマチルダを邪険にすることは無いとは思っていた。けれど、将来嫁いでくるだろうガイザックの妻の邪魔にならないか、そのことをマチルダは心配していた。

自分の家庭を持ち、自分の子どもを産み育てる。そんな夢をマチルダは諦めていたのだ。


「マチルダ、僕の側に一生いてほしい。おこがましいがマチルダのことを一生守っていきたいと思うんだ。なによりもマチルダが僕と一緒にいてくれると、僕は嬉しいし幸せだ。マチルダがいてくれないと、僕は寂しくて、ダメになってしまう」

真摯な瞳で告げてくるシモンの青い瞳には、一欠けらも嘘は無いのだとマチルダには分かった。


「う、嬉しいです。わ、私も、シモン様と、け、結婚したいです」

たった一行の言葉をいうのに、マチルダはつっかえながら、それでも一生懸命シモンへと返事をしたのだった。


「マチルダッ!!」

喜色満面でシモンはマチルダを抱きしめる。


「はいはーい、そこまでだよ。チューはまだ早いよ」

「そうだな、チューは保護者のいないところで、こっそりとやるもんだ」

ハハハと陽気に笑うレイヤーズ夫妻の言葉に、目の前の席に保護者達が座っていたことを思い出したマチルダは、赤い顔をなおさら赤くして、縮こまってしまうのだった。


「領地に帰ったら、すぐに結婚したいです」

シモンにすれば、12歳の時から、もう3年も婚約しているのだ、すぐに結婚してもいいだろう。


今の自分は学生だが、学園は止めて、領地で魔獣の討伐や海賊の警備など仕事をしよう。人手は足りないぐらいだから、マチルダと二人で生活するためのお金を稼ぐことはできるだろう。なんとしてでも自分が稼いでみせると、シモンは意気込むのだった。


「いや駄目だろう」

「なぜですか!」

レイヤーズ伯爵に反対されるとは思ってもいなかったシモンは、抗議の声を上げる。


「「ウインスター伯爵が許可するはずがないだろう」」

「ぐぐっ」

レイヤーズ夫妻から口を揃えて言われてしまい、シモンは言い返すことはできなかった。

あの愛娘のマチルダを溺愛しているウインスター伯爵は、学生のマチルダを嫁に出そうなどとは、露ほども考えてはいないだろう。それにマチルダの兄ガイザックも強敵になるはずだ。


「まずは、ウインスター伯爵に結婚の許可をもらうところからだな」

「がんばりな」

大柄なウインスター夫妻は、華奢な甥っ子の肩を、気合づけのために、バシバシと叩くのだった。




案の定、マチルダとシモンの結婚は、そう簡単に許されはしなかった。

シモンは直ぐにウインスター伯爵家に赴き、結婚の許可を貰おうとしたのだが、ウインスター伯爵どころかウインスター伯爵家の者たち全てが頑として首を縦には振らなかった。


ウインスター伯爵領に戻ったマチルダは、学園に復学し、シモンも復学した。だが、1年の交換留学の期間が過ぎる次の学年からは、ガッツィ国の本来の学校に戻り、二人は遠距離恋愛となった。


二人は文通を復活させ、長期休暇には、どちらかの領地へと赴き、順調な交際を続けていき、学園を卒業する年に、やっと結婚の許可がおり、学園の卒業後、すぐに結婚することとなった。


結婚式は、ガッツィ国の大聖堂で行われた。

レイヤーズ辺境伯家の威信をかけた盛大な式は、王太子夫妻も臨席し、それはそれは盛大で素晴らしいものだった。

繊細なレースをふんだんにあしらった純白のウエディングドレスを身にまとった美丈夫な花嫁と、華奢で可憐な新郎は、お似合いの夫婦だと、祝福を受けたのだった。


「マチルダ、これからはずっと一緒だ。二人で幸せになろう」

「はい、シモン様」

泣き笑いのマチルダの手をシモンは包み込む。


この手を一生離すことはないと、心に誓って。

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マチルダの結婚 棚から現ナマ @genn-nama

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