ダブルソード~小説の世界へ転移しちゃって憧れの主人公に出会ったはいいが……なんか設定と違うんですけど?~
磊蔵(らいぞう)
【銀髪の剣士編】第1話 出会い
和哉は荒野を彷徨っていた。
ここがいったいどこなのか、なせ自分がここにいるのかも分からない。
気が付いたら荒野のど真ん中で倒れていたのだ。
携帯も財布も何も持っていない。
身に付けている服は、弓道の道着である上衣に袴の姿のままだった。
(……何が、どうなってるんだよ……?)
和哉は混乱する思考のまま辺りを見渡すが、ただただ荒れた乾いた大地が目の前に広がるだけだった。
(ここは一体どこなんだ……僕はなんでこんな所に?ワケが分からない……)
どのくらい歩いただろうか?――右も左も分からない、土と砂ぼこり、そしてゴツゴツとした岩が点在しているだけの荒野を和哉はただあてもなく歩き続けていた。
ここに来るまでに二体ほど得体の知れない生物を遠目に見かけたが、和哉はそれを逃げるように避けてきた。
こんな状態で野生の動物に襲われでもしたらひとたまりもないであろう事は容易に想像がついたからだ。
「お腹すいたなぁ……喉も乾いたし……」
夢でも見ているんだと思いたかったが、この空腹感と口渇感、それと全身を襲う疲労感は現実のものだ。
(……とにかくまずはこの荒野から抜け出さないと――食料も水も無いのに、ここで野宿は自殺行為だ)
そんな事を考えながら空を見上げると、太陽が傾き始めていてもうすぐ夕方になろうとしているのに気付いた。
和哉は焦った。
夜になってしまったらどんな危険が待ち受けているか分からないからだ。
どこか安全そうな場所を探すも、残念ながら近くには何も見当たらない――焦る気持ちとは裏腹に時間だけはどんどんと過ぎて行き……景色が茜色に染まり始めた頃、和哉はとうとう足を止めてしまった。
(ダメだ……もう歩けない)
「つ、疲れた……」
体力の限界を感じた和哉は、とうとう近くにあった大きな岩にもたれ掛かり座り込んでしまった。
(……もしかして僕、こんなトコで死んじゃうのかな……)
半分諦めにも似た気持ちのまま、ぼんやりと遠く地平線の向こうに沈もうとしていく太陽を眺めていた。
すると、そんな和哉の耳に遠くから何かが駆けて来るような地響きが聞こえてきた。
(――!?)
和哉に緊張が走り身構える!
すぐに立ち上がり、岩の陰から音のする方をそっと覗き様子を窺った。
遠目に見えるあれは……
(馬だ!)
しかもその馬に乗っている人影らしき者が見える――それは、誰かが黒い馬に乗りこちらに駆けて来る姿だった。
徐々に近づいて来るその人物は、ストールを頭部全体に巻き付けていて目の部分だけを露出させる、所謂ゲリラ巻きをしているため、人相までは分からない。
ただ、どうやら男性のようだという事は分かる。
(――た、助かったかもしれない!)
和哉の中に僅かな希望が芽生えた。
疲労と空腹で限界の和哉には(もし彼が悪い人物だったら……)などと疑う余裕も無かった。
藁をも縋る思いというのはこういう事なのだろう――気付けば和哉は岩陰から駆ける馬の前に飛び出していた。
「ヒヒヒ~ン!!!」
いきなり現れた人影に驚いたのか、駆けていた馬は嘶きと共に大きく前足を上げ、棹立ちになった。
乗っていた男は振り落とされまいと必死に手綱を握りしめ、馬を落ち着かせる。
なんとか馬を鎮めた男はフウと息を吐くと、巻き付けた布の間から鋭い目で和哉を睨みつけてきた。
「バカ野郎!!死にてぇのか!?」
いきなりの怒鳴り声に、和哉はビクリと身を竦ませた。
(こ、怖い……!)
しかし、ここで怯んではいられないかった。
何しろ自分がこの世界に来て初めて出会えた”人間”なのだから。
「――あ、あのっ!」
「あ”ぁ?」
怖気づく気持ちをねじ伏せて思い切って声をかける和哉に対して男は機嫌の悪さを隠そうともしない声色で応えた。
凄みのある声の迫力に一瞬怯むが、それでもなんとか言葉を続けた。
「た、助けて下さい!!僕……気が付いたらこんな所で、身一つで倒れてて……」
必死に訴える和哉だが、男は黙って睨み返してくるだけだ。
(ダメだ……この人も言葉が通じないのかも)
ガッカリする和哉だったが、諦めるのはまだ早かったようだ――男の目に戸惑いの色が浮かんだのだ。
「……なんだ、コイツ……?」
和哉の必死の訴えにただ事ではないと感じたのか、男はボソリと呟くと馬から降りて、警戒するような眼差しのまま腰に携えた剣に手を添えゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。
その出で立ちはまるで物語に出てくるような剣士のようだ。
身長は和哉より高く、おそらく180cm半ばくらいはあるだろう。
細身の体格だが、引き締まった筋肉をしている事が服の上からでも見て分かる――俗にいう『細マッチョ』というやつなのだろう。
ストールを巻いているので人相までは分からないが、そのカーキ色の布の間からは金色がかった琥珀色の瞳が鋭く光って見えた。
布の下から覗く髪の色は銀色だ。
服装は、黒いシャツの上に金糸で縁取りされた
下は黒っぽいズボンに膝までのブーツを履いていた。
腰に剣を提げている事から、彼が剣士で有る事が窺える。
(あれ?この恰好、どこかで……?)
和哉は既視感を覚えた。
初めて会った人の筈だが、どこかで見たような記憶があるのだ。
銀髪の男は和哉の目の前まで来ると、見下ろすようにして話しかけてきた。
「おい、お前」
「は、はいっ!!」
高圧的に声を掛けられ、和哉は緊張のあまり裏返った声になってしまう。
「こんな所で何をしている」
(――そんなの僕のほうが知りたいよ……!)
男の問いに和哉はどう答えて良いのか分からない――そもそも、ここがどこなのかすら分からないのだ。
とりあえず正直に答えるしかなかった。
「……あの……分かりません」
「はぁ!?分からないだと!?」
「はい……」
ストールの間から覗く男の眉間に皺が寄る。
「んな訳ねぇだろ!どうやってここまで来たんだ!?――しかもそんな恰好で……ここがどんなとこか分かってんのか!?」
「ほ、本当にぜんぜん分からないんです!……気が付いたらここにいて……」
和哉が必死に訴えると男は少し考えるように腕を組み、そして何かを思いついたかのようにハッとした表情を浮かべ――。
「……まさか……記憶がないとか、か?――自分の名前は覚えてんのか?」
「名前は……分かります。一条和哉といいます」
「イチジョウカズヤ?……変わった名前だな……」
銀髪の男は再び暫し考えるような素振りを見せてから徐に口を開いた。
「……俺はギルランス・レイフォードだ。」
「ええっ!?」
和哉は自分の耳を疑った。
(今、この人“ギルランス・レイフォード”って言った?この名前って……しかもこの恰好……もしかして?……いや、まさか……)
自分の記憶に心当たりがあり過ぎて、まさか?と思いながら和哉は目の前の男をまじまじと見つめる。
するとその和哉の不躾な視線に気付いたのか、ギルランスと名乗った男は眉間に皺を寄せ不機嫌な表情を浮かべた。
「――あ”?なにじろじろ見てんだよ!?」
(こ、怖い……)
「い、いえ……あの……」
和哉がもじもじと言い淀んでいると、ギルランスは更に不機嫌に顔を歪ませつつ苛立ちを隠さず怒鳴り声を上げた。
「てめぇ!さっきからなんなんだよ!?言いたいことあるならはっきり言え!」
「は、はいっ!!すみませんが、お顔を見せてもらってもいいですか!?」
「……はあ??」
予想もしない言葉だったのか、ギルランスは一瞬何を言われたのか分からなかったようだ。
しかしすぐに気付いたように自分の布に覆われた顔に指を指す。
「――あぁ、これか?」
「そうです!!」
「チッ、なんでそんな事しなくちゃなんねぇんだよ!」
舌打ちをしつつ文句を言いながらも、ギルランスは和哉の言う通りに巻いていたストールを外し顔を晒してくれた。
「――!!」
(やっぱり!!)
和哉は思わず息を呑んだ――そこには想像していた通りの人物の顔があったのだ!
銀髪に琥珀色の瞳、そして額に薄く残る傷跡……それは和哉が好きな小説『ダブルソード』の登場人物であり、主人公のその人だった。
(やっぱり!!この人、あの『ダブルソード』のギルランスじゃないか!なんで!?どうして!?ここはいったいどこなんだ!?まさかコスプレか!?――ってか、カッコ良!)
驚きと困惑で和哉の思考は軽くパニック状態になっていた。
そんな様子の和哉を見た彼は不審そうに眉を顰めた。
「俺の顔が何だってんだよ?」
そう聞かれ、慌てて誤魔化そうとする。
「あっいや、いえいえいえ!何でもありません!!お顔を見せていただき、ありがとうございます!嬉しいです!!」
「はあぁ!??」
ギルランスは不審なものを見るような目で和哉を見ている。
無理もないだろう、いきなり現れて『顔を見せろ』やら『顔が見れて嬉しい』などと言う男など不審者以外の何者でもない。
(……まずいな……何か言わなきゃ怪しまれるよな?)
焦る和哉はテンパったまま、なんとかフォローしようと試みたが……
「あ、あの……お顔がとても素敵だったので、つい見惚れて……」
(――!?って、何言ってんだよ、僕は!?)
慌てて、取り繕うように口にした自分の言葉に和哉は冷や汗をかいた。
(最悪だ!なんて事を言ってるんだ!?)
しかし時すでに遅し……ギルランスは一瞬驚いたように目を見開いたあと、和哉から目を逸らし、困惑したように頭をガシガシとかきながら呟いた。
「お前……ホントに大丈夫か?……」
(ああぁぁ、もう完全に不審者だと思われている……)
「す、すみません!ちょっと僕、おかしいんで……ハハ」
(だって『ダブルソード』のキャラと実際に会うなんてビックリするに決まってるだろ!?もう訳が分からないよ!!)
和哉は誤魔化すように笑いながら自分の頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
しかしそんな和哉の様子をギルランスはじーっと訝しげに見詰めている。
二人の間に気まずい沈黙が流れる――暫くするとギルランスが呆れたように大きな溜息を吐いた。
「……変な奴だ……まぁいい、それより全く何も覚えてねぇのかよ?」
「……はい」
嘘ではない。
和哉にはこの世界に来た経緯やなぜ自分がここにいるのかも分からないのだから。
「僕も何がなんだか……気が付いたら……ここ……に……」
だが、言っている間に和哉は急激に目の前が暗くなっていくのが分かった。
(あ、あれ……?)
視界が霞み、だんだんと意識が遠のいていく感覚……まるで眠りに落ちる前のようなそんな不思議な感覚に和哉は困惑の表情を浮かべた。
「お、おい!どうした!?おい!」
慌てるようなギルランスの声が遠退いて行く中、自分の身に何が起こったのか理解出来ぬまま、和哉の意識はそこでプツリと途切れたのだった――。
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