confession・届くかスマッシュ

 俊ちゃん、俊ちゃん。田井君なんかと私は付き合わないよ。俊ちゃん一筋だよ、永遠に。

「おわっ、冨野。どうした」

「ミカち! 何そんな慌ててんの」

 と、廊下の突き当りでルカちゃんと純ちゃんにぶつかりそうになってしまった。

「あ、ごめん……」

「そういえば、最近どうか? 稼げてんのか? いくつか分けてくれるよな、金」

 と、ルカちゃんのこの発言を聞いて、既に心も体も限界を超えようとしている私の心に火がついてしまった。

「……私の気持ち、分かってる」

「え? 何、聞こえなーい」

「私の気持ちをあんたらは分かってんのって聞いてんの」

 純ちゃんのいつもののんきな声も、今日は無性に腹が立つ。

「心も体も限界だし、どうしてくれんの。お金なんか今はもうどうでもいい。お金よりも、体が死ぬ。誰、私をこんな目に合わせたの……!」

 あまり取り乱さないように、努めて静かな声で言うが、怒りのあまり声が震えていた。

 彼女たちは、何も言わず、青い顔をして震えているだけ。

「悪、かった……」

 出てきたのは、レディース暴走族らしからぬ、震えた謝罪の言葉だった。

 悪気なんかないでしょ、あんたら。

 私は何も返事をせず、くるりと身を翻して静かに教室へ入った。




「多細胞生物は、いわゆる細胞が二つ以上ある生き物だ。世界のほとんどの生き物がこれに入る。……おい冨野」

 五時限目、理科教師の横やりが入る。だが、私は動けなかった。隣の席の優等生男子。彼の考えていることが、分かって、しまった。

 なんで、なんで、なんであんたも。

 ブルブルと腕を振るわせている私。

「冨野さん? どうしましたか?」

 隣のやつが声をかけてくる。

「おい、冨野」

「……はい」

「何やってんだ、お前。お前っぽくない」

「……すみません」

 理科教師は不審そうに銀縁眼鏡の奥の目を細めた。あんたに分かるわけがない。バリバリ理論人間のあんたには、この苦しみが。

 机の下で、私は秘かに中指を立てていた。




「だからな、確率ってのは……」

 教師の声が耳から遠くなる。

 たった今さっきの休み時間から、私の心臓の鼓動が早くなっている。数人の男子がチラチラこっちを見ている。

 チャラ男の大野までもが「冨野ちゃんって明るくて親しみやすくてかわいいよなぁ。いつ告ろうかなぁ」と老人声で言っている。

 たまったもんじゃない、こっちは。

 誰があんたを見るもんか。

 それにしても、私はこんなにモテていたのか? むしろ、ちょっと嫌ってる子の方が多いかも知れないと思ってた。

 どんどん話すからウザいと一度九条君に言われたことがあるし。

 ノートしか見ずに勉強に集中しようと思ってもダメだ。

 数学教師の声がどんどん遠くなる。

 確率が、何? 全然分かんない。




「美佳子さん、今日よろしくね」

「トミちゃん、本当に大野君落としたいからさ、お願い」

「先輩ホントにかわいいからさ。ホントに、良い返事待ってるよ。怖いわぁ」

 今日の五人の客から次々に笑顔の声がかかってくる。あぁ、うん、と曖昧な返事で交わすが、やはり心が痛む。今日は、ちるどれんには行かないのだ。

 平日のちるどれんへの皆勤記録がいよいよ途切れるが、今日は彼に会ってこの疲れを、どうしても癒したいのだ。

「冨野さん、良い返事を願ってるよ」

 校門を出る間際。太田君が走ってきて、言った。

「ん……」

 太田君、ゴメン、田井君は私だった。私はフるけど、あんたには多分目が向かないと思う。何より、今日話すことは出来ないんだ。


 さて、校門を出てそのまま私はちるどれんや家の方角——の反対側へ曲がった。

 今日は、テニスだ。そして、やっと私にとっての癒しができる。

 県でもまあまあ強豪のテニスチームで、私はダンス部が無い日がたまたまテニスの練習日に重なっているから、続けることができている。

 隣の学校に通う彼、斎藤俊人さいとうしゅんとに、やっと会える。

 今日は、練習の後に何か少しくすぐったい言葉をかけてみようかな。

 え? え? と顔を赤くして戸惑う銀髪男子の顔を想像して、私は少しじれったくなりつつも、クスッと笑いをこぼした。




 バーン、バーンと音がする。

 ボールがラケットに当たる鈍い音。私はマッチポイントになってから中々点を入れられず、追いかけられている状況に焦っていた。

 相手は私と力が互角くらいの女子。

 これで、決まれ!

 高く飛んできたボールを軽くジャンプし、全身の力を込めて右腕を振った。

「あっ……」

 相手が声を漏らす。

「よし」

 ビーッと、試合終了の笛が吹かれた。


「お疲れ、ミカ」

「俊ちゃん、どうだった」

 銀髪の男前は冬の温度にお構いなくだくだくと出てきた汗を拭いている。

 ここら辺で、言ってみようか。

 私はピョンと、彼の俊ちゃんの左腕に飛びついた。彼の目をまっすぐ見つめる。

「俊ちゃん……」

 この続きを言おうと、冷たい空気を吸う。


 ――え、え、う、え……。

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