第十四話
店に入る前にリリーはオフィーリアの方を向いた。
「いい?ちゃんとサラの言うことを聞くのよ。危ないところや人通りの少ないところにいかないこと。だいたい二時間くらいで終わると思うから、それまでにはここに帰ってくること。わかった、フィー?」
「わかりました。お母様の言う通りにします。お兄様の採寸が終わるまでには戻ってくるようにします。」
オフィーリアは小さく頷いた。サラもリリーの方を見て同じように頷いた。
「それでは、いってきます。」
オフィーリアはリリーとシスに見送られながらその場を離れた。シスは最後までオフィーリアを心配そうに見ていた。
オフィーリアは二人と離れるとサラと一緒に人混みに紛れた。オフィーリアとサラの姿はリリーたちからはすぐに見えなくなってしまった。
「お嬢様、これからどこに行くのですか?」
メイン通りを人に揉まれつつ歩きながらサラがオフィーリアに尋ねる。オフィーリアは素直に答えるか少しだけ迷った。ドリーの店はメイン通りからは離れた場所にある。いまオフィーリアたちがいる場所は第三区の中でも一番中心の通りで人通りも多い。この通りを中心としていろんな通りがあるが、ドリーのお店は人がよく通る場所からは離れた場所にあった。つまり、ドリーのお店に向かうことはリリーとの約束を破ることになる。
サラに素直に答えることもできるのだが、そうするとサラに止められてしまう可能性もあった。それではオフィーリアも困ってしまう。だからオフィーリアはもう少しの間誤魔化すことにした。
「いろんなものを取り扱っているところよ。この間使用人たちが話しているのを聞いたの。」
「そうですか。」
サラは怪訝そうにしながらもオフィーリアの言葉を追求することはなかった。オフィーリアはそのことをありがたく思いながら目的の店に向けて足を動かした。
未来で聞いた記憶を頼りに道を進めば、道は入り組み人通りはどんどん少なくなっていく。そして同時に大きな通りでは見られなかった少し怪しげなお店も増えていった。
サラは今のところ何言わずにオフィーリアに着いてきてくれているが、眉間の皺は確実に増えていっていた。
このままではサラにこれ以上奥に進むことを止められそうで、オフィーリアはいつサラに声をかけられるかドキドキしながら歩いた。
そうこうしているうちに目的の店の前まで辿り着いた。
「ここだわ。」
オフィーリアが店の前で足を止めるとサラも同じように足を止めてその店を見上げた。
他の怪しげな店に比べればまだ信用のおけそうな小洒落た外観の小さな店だった。だけど場所が悪く、こんな奥まったところにあるだけで何も知らなければ不安を抱くだろう。
案の定、サラは不可解そうに眉を顰めたまま店とオフィーリアを交互に見る。
「お嬢様、本当にこのお店なのですか?」
店の前には看板がポツンと置かれていた。その看板には『貴方の欲しいもの、なんでも売ります! ドリー商店』と書かれていた。この看板だけではこの店が何を取り扱っているのかを推測することは難しそうだった。
オフィーリアはサラの言葉に肩をすくめる。オフィーリアも未来の知識がなければ、こんな場所にある怪しげな店に足を踏み入れようとはしなかっただろう。そのためサラの気持ちも理解できた。オフィーリアはサラを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。間違いないわ。…さぁ、中へ入りましょう。」
納得のいっていなさそうな顔をするサラの手を取って店の扉を開ける。
カランカランと気持ちのいいベルの音が店の中に響く。照明の類は天井からぶら下がっているが、灯り自体は付いていなかった。そのため店内は奥に行くほど薄暗く、外で見るよりもさらに怪しさが溢れていた。窓から差し込む光だけが、この店を照らす唯一の光源だ。
店の中には商品が置かれた棚とカウンターがあるだけで特別変わったものが置いてあるようには見えなかった。棚の上の商品はふんだんに宝石をあしらった装飾品や使い勝手の良さそうな文具が等間隔で並べられていた。
店のカウンターには誰もおらず、店主は留守にしているようだった。
「お嬢様…。」
サラが繋いでいる手を軽く引いた。まるでこの怪しげな店から一刻も早くオフィーリアを出そうとするかのようだった。しかしオフィーリアはその手に抵抗してその場を動こうとしなかった。
「すみません。誰かいませんか?」
そしてオフィーリアは店内に向かって声をかける。返ってくるのは静寂だけで誰もいないようだった。
サラと繋いでいた手を解いてもう一歩店の中へ進む。サラはオフィーリアを止めようとして手を伸ばしかけた。
「あらぁ!こんにちはぁ!」
サラの手がオフィーリアの方に触れる前ににょきっと二人の間に人が現れた。二人は驚いて突然現れたその人をまじまじで見た。
「ようこそぉ、ドリー商店へぇ!貴方の求めるもの、なんでもご提供いたしますわぁ!」
オフィーリアと同じくらいの背丈の女性が満面の笑みで二人を見ていた。独特な癖毛なのかくるくるとあちこちに緑がかった髪が跳ねている。その髪を二本に束ね、三つ編みにしているが、ところどころ髪の毛が跳ねていてまとまりがなかった。
彼女は小さな丸メガネの奥に猫のような細めでこちらを舐めるように見てきた。間延びした話し方が緊張感を奪っていく。
「さぁさぁ!貴方の欲しいものはなんですかぁ?」
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