第十三話
第三区の入口に着いたところで一同は馬車を降りた。第一区と第二区の間には簡易的な柵があるがあるだけだが、第二区と第三区の間にはレンガで作られた壁がある。その壁は四箇所、東西南北に第三区に通ずる門がある。そこには衛兵が立っており、第二区と第三区を行き来する際には必ず身分の確認を行うことになっている。
オフィーリアは関所の近くにある馬宿に乗ってきた馬車と馬たちを預けている間、シスと二人で待っていた。
「フィー、今日はどこに行ってみたいの?」
関所で働く人たちを遠目で見ているとシスが話しかけてきた。オフィーリアはシスの方に顔を向けた。
「えっと…秘密、です。」
さすがに正直に答えるわけにはいかず誤魔化した。シスは残念そうに目尻を下げた。
「そっかぁ…じゃあ、どんなお店か聞いてもいい?」
こてんと顔を横に倒してそう言うシスに少しだけ困ったような表情を見せる。兄のこんな穏やかな姿を見たことがなかったため、一瞬動揺してしまったのだ。
「その、宝石や文具を取り扱うお店、です。」
オフィーリアはドリー商店で取り扱われていると言われている商品を思い出しながら答える。シスはオフィーリアの答えが意外だったのか少しだけ目を見開く。
「宝石とかのお店かぁ。もう、フィーもおめかしをしたくなる年頃になったんだね。」
そう言ってシスはオフィーリアの柔らかい銀髪を撫でる。オフィーリアがこの時代に戻ってきてからやたらと頭を撫でられている気がするが、もとからシスはスキンシップが激しいタイプだっただろうかと内心で首を傾げる。だけど、いくら考えても今のシスとオフィーリアの記憶にあるシスが一致することはなかった。
「少し前まで、庭を走り回っていたお転婆な女の子と一緒だとは思えないね。」
くすくすと笑いを堪えるように囁くシスにオフィーリアは顔を赤くする。オフィーリア自身、この年頃に何をしていたかあまり覚えていなかったが、言われてみれば小さい頃はよく走り回っていたような気がする。過去の自分の振る舞いを指摘されると、なんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいになってくる。
「も、もう!子供扱いしないでください。」
恥ずかしさを誤魔化すようにオフィーリアはシスの手から逃れようとする。そんなオフィーリアの行動も可愛らしいと思っているのか、シスは笑い声を隠さなくなった。
「シス!フィー!準備ができたわよ!」
馬宿で手続きをしていたリリーが二人のそばまでやってくる。その後ろにサラを含めた使用人と護衛の騎士が付いてくる。
シスはリリーの声に気がつくとオフィーリアに手を差し出した。オフィーリアは突然のことにその手を取るかどうか悩んでしまった。そうこうしている間にシスがオフィーリアの手を優しく握った。
「早く行こう、フィー!」
楽しげに笑うシスにオフィーリアも自然と笑みが溢れた。兄の態度の違いに戸惑うこともあるが、今の兄は未来の兄のように冷たくなくてオフィーリアは嫌いになれなかった。
オフィーリアはシスの手を握り返した。できることならこの暖かい関係をずっと守って行きたいと思った。
二人が手を繋ぎながらリリーのそばによるとリリーは満足そうに首を縦に振った。そして二人の肩を抱くと第三区の方に向けて足を踏み出した。
関所を通り第三区に入ると、がらりと雰囲気を変えた世界が広がっていた。
第一区は全く人気がなく、第二区も第三区付近以外は人気が少ない場所であるから、第三区のようにどこを見ても人で溢れている光景は圧巻と言えた。
大通りにはたくさんの露店や屋台が並んでおり、商館と思われる場所にも人の波ができていた。この国にこんなにも人がいたのかと驚きの気持ちでいっぱいになる。
オフィーリアは初めて第三区に来たわけではなかった。未来にも何回か第三区にくる機会があったため、ここの人の多さについては理解しているはずだった。
しかし四歳という幼い立場で見る第三区の賑わいは、驚嘆の思いと同じくらい恐怖も植え付けた。
(大人の時は何も思わなかったけれど、改めて見るとすごい人の数だわ。)
リリーとシスに連れられて第三区内を移動する。その際に周りの様子を伺いながら歩く。たくさんの人の波は四歳の体格からすると全て大きく感じ、オフィーリアは無意識のうちに繋がれた手をぎゅっと握り直した。きっとこの手を話して仕舞えば、オフィーリアのような子供はすぐに人の波に飲まれてしまうだろう。そう考えると、この人の多さが怖くも見える。
オフィーリアは物珍しさにあたりを見渡す。路上で開かれているお店の中には家族の手伝いなのか、オフィーリアと同じくらいの年齢の子供が働いているのもちらほら見受けられた。
「そこのかわいいお嬢さん!」
周りをキョロキョロと見てい回っているととある露店の店主に声をかけられた。普段こんなふうに気さくに話しかけてくる人がいないため、少しだけ驚いた。
「今日もれたばかりの果実だよ!よかったらお一つどうだい?」
人の良さそうな店主が真っ赤な果実を差し出しながら言う。オフィーリアはなんで答えるべきか悩み、思わずシスとリリーの方を向いた。
「あら、とっても美味しそうね。」
すると、リリーが変わりに答えた。
「そうだろう!これはザックの実だよ。ちょうど今が旬だから甘くて美味しいんだよ!」
店主はリリーの手の上に赤い実、ザックの実を置いた。ザックの実は冬から春にかけて身を熟す果実で、店主の言う通り旬はちょうど今頃の少し温度が暖かくなった時期だった。
「とてもいい色ね。これ二つばかりいただけるかしら?」
「よしきた!ザックの実を二個だな。四銅貨だよ。」
店主は並べられている果実の中でもとりわけ熟して美味しそうなザックの実を二個選ぶとリリーの手に置いた。リリーは後ろに控えていた使用人の一人に代金を支払わせる。
リリーは手渡されたザックの実をシスとオフィーリアに渡す。二人は受け取ったはいいものをどうしたらいいのか分からずリリーを見る。
「ここは家の中じゃないんだから、そのまま食べたって誰も怒ったりしないわ。」
戸惑っている二人を見て笑いながら答える。オフィーリアは小さなてから少し溢れるくらいの大きさのザックの実を見つめる。これが所謂食べ歩きというものになるのだろうか。
食事は座って食べるもの。食べる際は食べ切れるサイズに切り分けて食べるもの。そういったマナーが染み付いているため手の中の果実をそのまま食べる行為には少しだけ抵抗があった。
シスの方を伺うとシスも少し考えた後、意を決したようにザックの実に齧り付いたところだった。
普段のシスであれば絶対にやらないことを目の前でやっているのを見てオフィーリアは唖然とした。
「わぁ………これ、すごく美味しいです!」
口に含んだ途端目を輝かせたシスが興奮気味に頬を赤らめながら言う。
「オフィーリアも食べてごらん?とっても美味しいよ!」
いつもよりも笑顔を見せるシスがオフィーリアに食べるように促す。そこまで言われて食べないわけにもいかず、オフィーリアもえいっとザックの実を口に運んだ。
シャリっと少し水気を含んだ音の後に広がるのは甘くてさっぱりとした味だった。
ザックの実を食べたことがないわけではなかったが、食卓に並べられるものよりも遥かに鮮度が良く感じられ、今まで食べたどのザックの実よりも美味しいと思った。
「おいしい……です。」
その甘さを堪能しながらもオフィーリアはポツリと言葉を漏らした。
「よかったわ。やっぱり採れたての果実が一番美味しいわよね!」
リリーが二人の子供を愛おしげに見守りながら笑う。シスも美味しそうにザックの実を頬張っている。
三人はそうやって出店を楽しみながらシスの制服を買う店までやってきた。
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