第26話 お二方の武運長久を祈っております
「いやいや、驚くことばかりでございまする」
門前に立つホウソウはただただ笑みを零す。
改修は終わりイクトと<ラン>は次なる目的地に旅立とうとしていた。
ホウソウを筆頭にコロニーの人たちも詰めかけている。
初対面の警戒を孕む目は既に消え失せ、誰もが別れを惜しんでいた。
「あの温泉どうするんだ?」
「そうですね。折角の巡り合わせです。しっかりとこちらまで引いて銭湯でも作ろうかと思いまする」
グッドアイディアである。
仕事で疲れた身体を温泉でリフレッシュは悪くない。
加えて上手く行けば、このコロニーの観光資源となる可能性もある。
もちろんのことメタクレイドルに行った人たちが戻ってくれば、の前提であるが。
「色々と世話になった」
イクトは<グラニ改>に連結されたコンテナ車両を見上げた。
餞別だとコロニーの面々が用意してくれた食料が搭載されている。
どれも長期保存されており、しばらく困ることはないだろう。
「なにをおっしゃりまする。お世話になったのはこちらです。らん殿のお陰で<ギョクリュー>の調子はよくなりました。加えて整備マニュアルまで作成してくれて、整備の方々は喜んでおりましたぞ」
『整備マニュアルはしっかりあったほうがいいしね。これならボクがいなくても問題なく整備や修理ができるよ』
縁には感謝である。
その縁を結びつけたのは鮫であることが、イクトには尺に障るが顔に出すほど子供ではなかった。
なんらかの意図があるのではないかと疑いを抱いていたからだ。
「次なる目的地はカグチ島だそうで」
「ああ、そこにはマスドライバーがあるみたいだし、仮に故障していても施設が無事なら大気圏離脱用のユニットを作ればどうにかなるはずだ」
『とボクは予測するよ』
カグチ島。
地球では種子島に該当する南方の島だ。
宇宙開発センターがあり、発射施設があるのだが、惑星ノイでは電磁加速を利用したマスドライバー施設であるときた。
純粋な加速力で物体を宇宙まで打ち上げる施設。
悲しきかな<グラニ>には単独での大気圏離脱能力はなかった。
『<ギョクリュー>のシステムログにその島から宇宙に打ち上げて、白い月の基地で最終調整をするとあったんだ。予測だけど、未発見のMAや未搭載のバディポットも、その基地にある可能性が高い。行ってみる価値は十分にあるよ』
「もしかしたらリコの手がかりもな」
藁をもすがる微々たる可能性だが、イクトは、この世界がリコを放置するはずがないと読んでいた。
せっぱ詰まった状況だからこそ、天才的な頭脳を持つリコを使わぬ理由がない。
もちろん手がかりも確証もない。惑星ノイにいる保証もない。
ただの直感である。
「お二方の武運長久を祈っております」
「そっちこそ幸せにな」
チラリとイクトはホウソウの隣に立つトミカを見た。
照れくさそうに笑う二人の姿に何故か胸が温かくなる。
「んじゃ事とが済んだらまた来るから!」
『ばいば~い!』
こうしてイクトと<ラン>はホウソウたちと別れた。
後部カメラには遠ざかっていく<グラニ改>に向けて手を振る人たちが映る。
「いい人たちだったな」
『こんな状況でも逞しく生きる人間の姿は感服するよ』
彼らはこれからもコロニー内で助け合って生きていくだろう。
拒絶され、捨てられた過去があろうと、己を受け入れてくれた世界で新たに生きられるはずだ。
絶望を目の当たりにしようと、誰もが前に進む信念を確かに抱いている。
一人ではないと、孤独ではないと、そう思えるだけで人の生き方は変わる、変えられる。
イクトもまたリコとの出会いで変わった一人なのだから。
「よし、カグチ島から予定通り、白き月に向かう」
『ボクの計算だと衛星軌道でのMA03<レッドラビット>との接敵確率は九〇%だよ』
「だが、負ける気はないだんだろう?」
『もちろん、ぎったんぎったんのジャンクにしてやるさ!』
任せてよ相棒、と<ラン>は電子アイを不敵に煌めかせた。
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