第20話 ここは文字通り異世界なのか、それとも似て非なる平行世界なのか

 子供たちは好奇心を抑えきれなかった。

 ある日、空からでっかい何かが街に落ちてきた!

 大人たちは怪物を警戒して確認に行かない。

 だからこっそり三人で確認しに行った。

 すぐ確認してすぐ戻ればいい。

 機械音がする方向に向かえば、全身真っ白な鎧人間がタイヤを外している。

 あれはたぶん、いやきっと人型のFOGだ。

 食べる人間がいないからトラックからタイヤを外して食べる気なんだ。

 やばい、気づかれた! 

 逃げよう!

 追いかけてきたよ!

 大丈夫、こっちの道は入り組んでんだ。この手で散々、撒いただろう!

 何か言ってるけど!

 無視しろよ、喰われたくないだろう! 

 あああ、別の奴が出た! 

 ひいい、逃げるぞ! 

 ダメだ、逃げられない!

 うわああああああ壁が爆発した!


『イグニションライフル・ソードモード動作確認!』

 六枚ほど壁をぶち抜いたイクトはターゲットを見誤らない。

 攻撃対象、フェイズⅠたる一つ目綿飴。

「まずはこいつを子供たちから引き離す!」

 加速を維持したまま左肩を突き入れるタックルで一つ目綿飴を子供たちから引き離す。

<アマルマナス>に触れた瞬間、浸食されるリスクがあろうと、ソリッドスーツは単独での戦闘を想定されて設計されている。

 たかだが接触した程度で浸食されるほど柔な構造はしていない。

『ターゲットマーキング! いっけー斬り裂けーイクトー!』

 バイザーに映る一つ目綿飴にターゲットマークが点る。

 宙に跳ね上げられた一つ目綿飴に向けてイクトは右腕を空に向かって大きく振りかぶれば、ライフル銃の銃身に光の刀身が形成される。腕の延長のように真っ直ぐ延びる光の刀身。銃身を粒子ビームの加速レールとしてまとわせ、対象を溶断する近接モードだ。ザンと刃音が過ぎ去った時、一つ目綿飴は霧散していた。

「ふい~」

 対象の消滅を確認するイクトだが警戒は緩めない。

 器を消しただけで素粒子してまだ生きているからだ。

 ただ、復活には間を有する。

 イクトは壁際にて身を縮こませる子供たちと向き合うため、ライフル銃に安全装置をかけては腰のホルスターに下げ、両手を見せて無害だとアピールする。

「ケガはないか?」

 イクトの発声に子供たちは目を見開けば、互いに困惑顔で見合わせている。

 しばらく目配せで何かやりとりをした時、<ラン>から通信が入る。

『イクト、頭上後方から生体反応、脅威度マイナスだよ』

 直後、天空から雄叫びが轟いた。

「きえええええええええいい!」

 センサーが男性の姿を捉え、真上から強襲とのアラート。

<アマルマナス>ではなく、人間であるためライフル銃は抜かないし構えない。ましてや不動のまま振り向かない。

 ただ掲げた右腕で裏拳だけは入れておいた。

 正当防衛である。

「あべしっ!」

 見事に入った裏拳は男性を穿った穴に叩き込む。

 奥より激突音が幾重にも響き、マンションが揺れる。

「「「おしょうさああああああああんっ!」」」

 子供たちの悲痛な叫びは青空に吸い込まれては消えた。


 バイザー裏には法衣に坊主頭の三〇代男性が映る。

 男性の名はホウソウ。

 この街より少し離れた先にある山にて寺院を構える和尚と名乗った。

 物腰が落ち着いたような顔立ちは日々徳を積まんと続けた修行のたまものか。正当防衛を称して殴り飛ばしたが、傷らしい傷は見あたらない。脚裁きや身振りからして相応に鍛えているとイクトは読む。

『もう少しで着きます故』

 通信越しにホウソウは告げる。

 車輪をつけた<グラニ>は大型キャンピングカーを装甲車に魔改造した車両の後を追う形で山道を登っていた。

 操縦席にてハンドル握るイクトはコンソールを操作しては前方に映る車両、ホウソウが運転するMA05<ギョクリュー>のアーカイブデータをバイザー裏に展開させた。

 自己生成型兵站補給運搬車両MA05<ギョクリュー>。

 戦場において武器弾薬の補給を行う生命線を担うMA。

 ただ補給物資を運搬するのではない。

 その真価は、ほんの少しの物質、有機無機問わずして多種多様の弾薬や補修パーツ、食料や医療物資を最小のコストで最大に製造できる特性だった。

 全MAに基本搭載されているアルケミーサイクルシステムは<ギョクリュー>から応用されたものときた。

「まさか、こんなところでMAと出くわす、いやあの鮫のことだ。この地にあるって把握してたんだろうな」

 MA02<レッドラビット>と交戦したからこそ、他のMAとの交戦を警戒していたわけではない。

 MA05のドライバーが話の通じる相手だったのは幸いである。

『間違いなくそうだろうけど、やっぱり05にもいないみたいだね』

「バディポットか?」

『うん、MA05<ギョクリュー>には<サウ>が搭載されているはずなのに、こっちもスペースががらりと空っぽだったよ』

 ドライバーに内緒でこっそりシステム領域内を調べたのだろう。

 サポートAI同士、情報共有できれば互いに今後の手助けになると思ったのだろうが現実は甘くないようだ。

「まあいいさ。どっちにしろ、話は聞ける。敵対しないだけマシなほうさ」

 ホウソウはイクトに対して子供たちを助けたことで好意的に接してくる。

 裏があると疑いたくなるのは人間の避けられぬ性だが、子供たちの危機に自ら駆けつける人間を悪だと疑うのは失礼だ。

『けどこんなところに人が住んでいるのかな? ボクのセンサーじゃこの先にあるのは何もない山の中だよ?』

「そのカラクリは着いてからのお楽しみだろう」

 イクトは自分に言い聞かせながら、改めて状況を整理した。

「しっかし理解はしていたが見かけは日本人ぽいし仏教の僧だけど、日本なんて国、聞いたことないとはね」

 アメリカもなければイギリスなんて国は存在しない。

 現在地は極西に位置する島国カアン、その中腹に位置する地方都市、シンド州ときて県ですらないときた。

 日本人ぽいが惑星ノイではカアン人と呼ぶらしい。

 黄色人種にカテゴライズされ、宗教もまたイクトの知る仏教に比較的近しいものようだ。

 翻訳機をOFFにしてホウソウと子供たちの会話を聞こうと、さっぱり理解できず日本語とは似て非なる全く違う言語だと思い知らされる。

「ここは文字通り異世界なのか、それとも似て非なる平行世界なのか」

 確固たる解答などない故、イクトは自嘲気味にぼうやくしかない。

『ん~イクトのいう世界とは別の世界なら、平行だろうとなんであろうと異世界になるね。なんせこことはなんだから』

「そりゃそうだ。団地内でも隣の家だろうと一〇軒ほど離れていようと、そこはもう自分の家じゃなくて別の家だからな」

 定義決めにあれこれ考察をしようと時間の無駄である。

 もっとも現状、無駄は無駄にならず、退屈な移動時間を潰すのに役立った。

『到着しましたぞ』

 山道を抜けた先、開けた山の中腹にその集落はあった。

 バイザーに映る光景にイクトは予測を反し声を失ってしまう。

「坊さんだけに典型的な山寺を想像してたんだが……」

『うん、これは予想外だよ』

 四方を高い金属壁で囲まれていたのだ。

<ラン>がサーチを行えば驚くべき結果が出る。

 概算では下手な学校敷地四つ分だが、着目すべきは広さではなく設備だ。

『スゴいよ、この壁。表面に電磁皮膜が展開されるから下手に<アマルマナス>といえども近づけない。それだけじゃない。ボクのサーチにひっかからないはずだよ。低探知性のユニットでセンサーを欺けば、光学迷彩で上空から発見されにくくしているよ。こうして間近にまで近づかないと発見できないぐらい高い隠蔽性能だ。加えて四方に砲台まである。どれも<バルムンク>に劣らぬ威力だとボクは予測するよ』

「中の様子は分かるか?」

『これだけ近ければできるよ。えっと敷地内の生体反応は三四七、確認する限り子供の比率が高いようだね』

 下手な軍事施設よりも高度な防衛設備が整えられている。

 軍の関係者がいたなら設備投資が可能だとしても、イクトは子供の比率が高いことにどこか胸騒ぎを感じ顔を顰めた。

『少々みなさまにイクト殿とらん殿についてご説明してきます故、しばしお待ちくだされ』

 <ギョクリュー>を降りたホウソウはそのまま門番らしき男と話をしだした。

 話は一分もかからず、硬き門扉は音を立てて左右に開かれる。

『どうぞ中へ。積もる話は本堂で行いましょう』

 受け入れはしてくれるようだ。

 ただ門番の男を筆頭に集った大人たちはホウソウや子供たちの帰還を喜ぼうと、<グラニ>に向ける目は余所者を歓迎しない殺気立った色をしていた。

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