第19話 まさに俺好みのルートだよ!
「太陽に白と黒の二つの月……」
何度空を見上げては呟いたか、イクトは数えるのを止めた。
海中漂流の次に待ちかまえていたのは無人の住宅街であった。
サーチによれば四方を山に囲まれ、東に走る路線の先に都市部らしきビル群を確認した。
生活の痕跡があることから、つい最近まで人が住んでいたのは間違いない。
FOG改めアマルマナスに全住民が取り込まれた、なら納得だが戦闘痕がなければ、アマルマナスの影一つない。
民族大移動の如く住人全員が街一つを捨てて引っ越したのなら理解できるが、移動に必要な乗用車やバス、トラックが路上に乗り捨てられたままなど、理解できない要素が多かった。
更に頭上で燦々と輝く太陽は輝きが同じだろうと、イクトは自分の知る太陽と違うのを本能的に痛感させられる。
宇宙にいたのに何故気づかなかった理由は単純に太陽を暢気に眺める間もなく戦闘に入ったからであった。
今やるべきは自らの足で情報を得んと無人の街を歩き彷徨う。
「比較的新しいが……」
イクトはテーブルに指を添えてはうっすらとした埃を確認する。
今、探索と称してお邪魔しているのはとある民家である。
建築様式は地球と変わらぬ、よくある二階建ての家屋。
どの家屋もサーチすれば一見して木造に見える建材も、マスバイオプラスチックなのに驚きである。
防火性が高い一方で極力自然に分解される素材ときた。
改めて地球と惑星ノイの文化が似通っていようと技術力の歴然とした差に思い知らされる。
「家族は四人だが、家には侵入者一人のみと。おまわりさーん、ここですよ~」
冗談めいて言おうと、警察が飛んでくる気配はない。
玄関に並べられた靴の種類や流しに置かれたコップの数から四人家族だと分かる。
情報を得るためテレビをつけようと、パソコンを起動させようと電気が停止しているため使えない。
次に新聞を探すも惑星ノイはペーパーレス化が進んでいるのか、ポストはあろうと新聞紙はどの家でも見つからなかった。
「そしてまたこのブレスレットか」
発見物にため息しか出てこない。
居間には、仲良く円を描く形で四つのブレスレットが落ちていた。
スマートウォッチに近い形だが、電源を入れようと反応はなく、無線充電式か、コネクターも見あたらない。
「惑星ノイではこのブレスレットがスマートフォン代わりなのか?」
どの家屋にお邪魔すれば必ずや家族の数だけブレスレットが落ちている。
その一つを持ち帰り<ラン>に解析を頼むも、現状で解析リソースを割けず、難しいと出た。
現状、仕方ないことだ。
<ラン>には<グラニ>の現状確認及び修理の見積もり、そして見張りを任せてある。幸いにもインナーフレームや車軸は運良く無事であるため、ホイールごとタイヤを交換すれば最低限の自走はできるそうだ。
「どっかに車屋とか修理工場とかあれば、東にある都市に行けるんだが」
イクトの声と顔は苦かった。
探索は<グラニ>の補修パーツ探しを兼ねていた。
規格の問題があるも、戦場に置ける現地改修も視野に入れて設計されているため、細かい調整はどうにかできるとのこと。
「あれから三日建ったが、誰一人見つからない。本当になんなんだこの街は、この世界は……」
ほんの最近まで狭い車内に閉じこめられていたと思えば、今は広い住宅街を探索している。
車が一台も通らぬ道路を歩けば、動体反応をセンサーが捉えるも野鳥や野良の類ときた。
「昼になれば黒い月、夜になれば白い月が現れる」
本当に別世界だと痛感させられる。
色の違う月は太陽光の影響か、それとも構成元素の違いかと考察するもイクトの地頭では限界がある。
確かなのは惑星ノイには白と黒、二つの衛星がある。
ほんの少し前まで自身が宇宙にいたのかと感慨に耽ってしまう。
「相も変わらず反応なしか」
感慨を振り切るようにサーチ結果に目を通す。
ソリッドスーツにも<グラニ>には劣るが索敵機能が盛り込まれている。
定期的に索敵をかけるも反応なしの結果ばかり。
それなりに広い街のようだがソリッドスーツの補助機能のお陰で身体的負担はほぼなく長時間の探索活動を可能とした。
「こういう時、ホラー映画だと人が集まるのは警察署かショッピングモールが定番だが」
この手の場所は最初に探索済み。
人がいた痕跡はあろうと人はおらず。
ただブレスレットが床に散らばっているだけであった。
情報を得るため案内図で見かけた図書館に向かえば、本棚に本が一冊もない光景を目撃した。
「けどホームセンターとか工具類はけっこうあったよな」
誰かが持ち出したなら合点が行くもその差異は何か、調べる度に謎が増えていた。
「お、これはちょうどいいんじゃないのか?」
ビルの建設現場に足を踏み入れた時、イクトは歓喜の声を上げた。
敷地内には建設機材を運搬するトラックが留まっている。
タイヤやホイールの大きさは<グラニ>を自走させるのにぴったりなはずだ。
すぐさまイクトは<ラン>との通信を開き、ヘルメット内蔵カメラを介して映像を送信する。
『うん、大きさといい、ボルトの径といい、これなら応用が利くよ』
お墨付きを頂くなりイクトは取り出した工具でトラックからタイや付きホイールの取り外しを開始する。
車体を持ち上げるジャッキーや取り外しに必要な工具は探索時にホームセンターから確保していた。
イクト自身、配信動画の下準備をやっているうちに、この手の作業は手慣れていたりする。
ガッガッガと規則的な機械音が響き、一つ、また一つとナットを外してはトラックからタイヤが外されていく。
「よいしょっと!」
そのままタイヤ六輪を頭上に重ねては立ち上がる
生身では不可能でもソリッドスーツを着込んでいれば可能だ。
「<ラン>、タイヤは確保した。これからそっちに――」
戻る、と言い掛けた時、センサーが生体反応を捉え、追従するように目を走らせる。
その数三。距離、後方五〇〇メートル。熱量のサイズからして三つとも子供だ。
「生体反応だと!」
今まで何一つ反応がなかったはずが、ここに来て突然の反応にイクトは狼狽する。
同時に、生きた人間がいたと歓喜に震えたりもした。
『うん、こっちでも確認したよ。けどなんで今になって!』
「考察は後だ! 接触する!」
タイヤを投げ捨てたイクトは反応ある地点に駆けだした。
熱反応はイクトの動きに勘づき、きびすを返しては駆けだしている。
だが子供の足、追いつけぬはずがない。
「おい、待て、待てってよ!」
呼びかけようと返答などない。当然だろう。見ず知らずの全身フルアーマーの人間など端から見れば不審者でしかない。
初対面で、ボクは悪逆非道なスライムじゃないと訴えても信じるのはよほどの夢見がちな善人だろう。
「くっそ、どこ行った?」
反応は裏路地に入り込み、正確な位置把握を困難にさせる。
地図を見るのと道を歩くのとは違う通り、データだけでは把握できぬ現状があった。
『イクト、周辺地図を送信するよ。それで追いかけて』
流石はバディポット<ラン>。
今イクトが求める情報を瞬時にルートつきで送信してくれた。
バイザー裏に展開される地図。やはり裏路地だけに入り組み、土地勘なく入り込めば間違いなく迷う。
三つの熱反応は土地勘があるのか、迷うことなく裏路地を進んでいた。
「この手の場合、地下道とかに隠れ住んでいるパターンが多いが」
口走って自身の調査の盲点に気づいた。
そう、地下道や下水道を調べていなかったのだ。
後で調査範囲に追加すると言い聞かせたイクトは路地裏を進まず、ソリッドスーツの力を借りてマンションの壁面を垂直に駆け上がった。
そのままマンションからマンションの間を飛び越えてはショートカットを繰り返す。
直線距離からして目と鼻の先となった瞬間、<ラン>から警報が届いた。
『イクト、<アマルマナス>反応を確認! 発生地点は例の熱量のところだよ!』
脚に力を込めたイクトはバネのように大きく跳び上がる。
「見つけた!」
ちょうど開けた地点。隠れ家的な場所に子供三人を確認。同時に一つ目綿飴を補足する。フェイズⅠだ。子供たちは悲鳴を上げながら一つ目綿飴から逃げるも追いつめられ逃げ道を塞がれていた。
『ライフルモードによる狙撃を提案! キミの腕とボクのサポートがあれば一発必中さ!』
「却下! 粒子ビームの飛沫粒子が子供たちに当たる!」
敵を倒す結果算出に傾倒しすぎているとイクトは叱りつけた。
敵は倒せようと子供たちを負傷させる本末転倒な結果となる。
一発でフェイズⅠを消滅させるまでの粒子ビームは飛沫粒子の一つとて戦車の装甲を貫徹させる力を持つ。
生身の身体で受けようならば超高熱による消失は免れない。
『ならソードモード! それなら周辺被害を抑えられる。ついでにその地点までの超最短ルートを出したよ!』
<ラン>から提示されたルートにイクトはほくそ笑んだ。
「まさに俺好みのルートだよ!」
そのまま路地裏に着地したイクト。
イグニションライフルの先端を槍のように構えては、一直線に駆けだし、厚きコンクリートの壁を障子ようにぶち抜いた。
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