第158話 完全回復薬


 この国で一番有名な魔道具店の中でも一際目立った場所に置かれ、とてつもなく頑丈そうなケースにひとつだけ収められている一本の瓶に入った青色の液体。


 その徹底した厳重な管理から、この完全回復薬がどれだけ希少な物かは推察できる。


「これが伝説の完全回復薬か……」


「当然だけど、僕も初めて見る代物だよ」


 これこそが、今回わざわざ男女……いや、リリアと別れて見に来たかった完全回復薬である。どんな別れ方をすればリリアと別々に王都を回れるかを考えたところ、男女に分かれて回るのが一番確実な方法であった。


 リリアのことだから、俺がリリアの左腕を治そうとしていることを知れば、きっと止めてくるに違いない。リリアとは長い付き合いだし、それくらいのことは俺でも分かる。


 だからこそ、リリアには内緒でこの店に来るため、みんなに協力してもらったというわけだ。


「あの、値札がついていないんですけれど、一体これはいくらするんですか?」


 伝説級の代物とはいえ、店に置いている以上、売り物ではあるはずだ。


「こちらの完全回復薬の素材はどれも希少な物が使われておりまして、その素材を調合できる職人も非常に限られております。そのため、価格は常に時価となっているのです。こちらの完全回復薬は金貨10350枚となってございますね」


「いっ、10350枚ですか!? それはまたなんとも……」


 以前リリアに聞いた時は金貨数千枚、下手をすれば1万枚を超えると言われていたが、まさか本当に1万枚を超えているとはな……


 元の世界のお金に換算すると1億円以上か。それにしても時価とか元の世界の高級な寿司屋くらいでしか見たことがないぞ。いや、見ただけで一度もそんな寿司屋で食べたことはないけれどな。


 ここまでくると、金貨350枚がものすごく少なく感じてきてしまうから不思議だ。


「当店の完全回復薬は高品質であることが保証されておりまして、その怪我が治らなかった場合にはその料金をすべて返金するといった保証もございます。稀に競りなどで完全回復薬が出品されることもございますが、偽物や粗悪品なども多いことが実情でございます。当店でしたら、そういった心配はございませんので、高額となってしまいます」


「なるほど……」


 それだけ高価な物ならば、当然偽物や粗悪品なんかも多いだろうな。その点、このお店ならば、多少割高であっても確実に怪我を治せる保証があるというわけか。


「さすがに今はまだ手が出ないか」


 一応ルハイルさんからすでに完全回復薬の相場は金貨1万枚に近いと聞いており、現状では購入することができないと分かっていたが、とりあえず実物を見たかったのだ。


 最近はいろいろな副収入があったり、今後は別の街や王都にも商品を卸すことになるから、お金は今まで以上に入ってくることになるが、さすがに今はお金が足りない。


 そしていよいよアウトドアショップの能力がもう少しでレベル5に上がるところまでやってきた。そこで出てくる商品次第なところもある。


 とりあえずこの店に来た一番の目的は果たしたので、他の商品も見せてもらってから店を出た。さすがに何か買った方がいいのかなとも思ったが、店員さんにその必要はないと言われた。


 もしかしたら冒険者ギルドマスターであるルハイルさんの紹介状のおかげかもしれない。後日改めてお礼を伝えるようにしておこう。




「それにしても、とんでもない値段だったね」


 魔道具屋を出て、いったんカフェのようなお店に入って飲み物を頼んで小休止している。


「完全回復薬だけでなく、他の魔道具も相当の価格だったぞ。さすがこの国で一番の魔道具店だな」


 他の魔道具も見せてもらったのだが、さすがに完全回復薬とまでいかないまでも、金貨100から1000枚くらいの商品はざらにあった。そりゃあれだけの護衛が必要になるわけだよ。


 とはいえ、魔道具の種類によっては、アウトドアショップで購入できるバーナーの方が便利だと思われるような魔道具もあった。王都では売ろうと思えば、アウトドアショップで購入した商品も高値で売れそうだな。


 お金を稼ぐ手段のひとつとして検討してみてもいいかもしれない。お金も日々の生活ができるくらいあればいいとは思っていたのだが、完全回復薬については別問題だ。


「でも一番の問題はリリアがこれを素直に受け取ってくれるかだと思うけれどね」


「確かに……リリアの性格を考えると、左腕はそのままでいいから、返品してきてくれなんて言いそうだな」


「それなんだよ!」


 ランジェさんとドルファの言う通り、リリアの性格上、そこまでのお金を払ってでも左腕を治したいかと聞かれたら、絶対に首を横に振りそうなんだよ!


「もしも完全回復薬を手に入れられたとしても、さすがにここまで高価な完全回復薬になると、気軽にプレゼントしても受け取ってくれないと思うんだよね……」


「リリアは真面目だからねえ……」


 さすがに金貨1万枚を超える代物をプレゼントしたとしても、普通の人の性格なら、そう簡単には受けて取れない。ランジェさんの言う通り、真面目な性格のリリアなら、なおのことだろう。


 それ以前にこうやって完全回復薬を手に入れようと行動していることも、善意の押し付けになっているのかもしれない。


 だけど俺はリリアが左腕がなくて苦労している姿を見るととても辛く思えるし、何とかしてあげたいと思う。リリアにはこの世界に来てから本当にお世話になった。今のお店が順調に言っているのも、リリアのおかげだと言っても過言ではない。リリアには俺のできる限りのことをしてあげたい、そう思える。


「……それだったら、リリアへプロポーズする際にプレゼントしてあげるとかはどうだ?」


「プ、プロポーズ!?」

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