第104話 ドルファの相談


「「「ありがとうございました」」」


 グレゴさんに試作品の依頼を無事に受けてもらうことができてから3日が経った。異世界のドワーフの定番セリフナンバーワンの3日くれとは言われなかったし、さすがに3日でできるわけがないか。


 他の仕事もあり、ああいった試作品を作るのには時間が掛かると思うし、言われたら逆に驚いていたと思うけどな。試作品のほうはゆっくりと待つとしよう。


「今日もお疲れさま。みんなのおかげで今日も無事に乗り切れたよ」


 今週も新商品であるアルファ米の販売を始めたし、特にお客さんの行列が並ぶ昼過ぎまでの時間はとても忙しかった。その時間帯を過ぎれば、新商品が売り切れてお客さんもだいぶ落ち着いてくれる。


「新しいアルファ米の売上も順調そうだね。棒状ラーメンや栄養食品もそうだけど、やっぱり日々の食事は大事だよ」


「最近では冒険者だけでなく、普通の人も日々の食事や軽食として購入しているみたいだからな」


「フィアのお家でもたまに食べるんだよ!」


 確かに最近では冒険者の格好をしていない人もアウトドアショップに来て食品系の商品を購入してくれている。本当は駆け出し冒険者にこそ買ってほしくて安く販売しているのだが、そのあたりは難しいところである。


 ちなみに従業員のみんなには棒状ラーメンやアルファ米の他にも、ようかんやチョコレートバーなどをアウトドアショップで購入できる原価で販売している。このあたりは従業員の福利厚生扱いだな。うちのお店はホワイトなお店を目指しております。


「そういえば冒険者ギルドで販売を始めた地図の売れ行きも順調らしいね」


 うちのお店の常連さんに聞いた話だが、今週の頭に冒険者ギルドで販売されたアレフレアの街周辺の地図もだいぶ売れているらしい。


「今まであった地図よりも詳細で広い範囲がある地図だからな。それに販売価格も高くはないし、冒険者であれば大半の者が購入するだろうな」


「そうだね。ここから他の街に移動する時や、依頼で遠くに向かう時も絶対にあったほうが便利だよ。それに方位磁石と合わせて持っていると、より正確な道が分かるからすごいよ」


 ランジェさんとリリアの言う通り、やはり冒険者にとっては方位磁石や地図は本当に重要なのだろう。地図の売上の一部はうちの店にも入ってくるし、地図を販売することによってうちのお店が忙しくなることもないし、販売は冒険者ギルドに一任して正解だったようだ。




「テツヤさん、フィアちゃんを送ったあとに話があるんだが、少し時間をとってもらえないか?」


「時間は大丈夫だけど、どうしたの?」


「……詳しくはあとで話す。フィアちゃんを送ったらすぐに戻ってくるから、少しだけ待っていてくれ」


「……わかった、待っているよ。話を聞くのは俺ひとりのほうがいいよね。あとでリリアとランジェさんには上の部屋で待っていてもらうよ」


「いや、2人が一緒でも問題ない。むしろ2人にも聞いてほしい話だ」


「分かったよ……」


 いつになく真剣な顔でドルファが話してくる。おいおい、ちょっと待ってくれよ。これってどう考えても……




「うわ〜マジかあ……これ絶対にドルファがお店を辞めちゃうやつだよ!」


「テツヤがドルファからどう聞いたのかは分からないが、たぶん違うと思うぞ」


「いや、俺の世界では仕事を辞めるって言う時はこういう雰囲気になるんだって! マジかあ〜ドルファに辞められるとすごい困るのに。なんでだろう、給料が低かったからか? それとも仕事が忙しすぎたからか? 今からでも給料上げたら考え直してくれないかなあ……」


 ドルファもアウトドアショップでの仕事に慣れてきてくれた。言葉遣いは元の世界の接客に比べれば、まだそこまで丁寧とは言えないが、こちらの世界ではこれくらいで問題ない。


 接客のほうにも慣れてきたみたいだし、最近ではもう計算間違いもほとんどない。イケメンで女性冒険者にも人気があるし、護衛もできるほどの強さも持っている。少なくともこの始まりの街で、ドルファのような人材をもう一度手に入れるのは、今では不可能に思える。


「う〜ん、ドルファもここで楽しそうに働いていたように見えたけどね。僕としてはここでの仕事にはなんの不満もないけれど、僕はちょっと変わっているって自覚しているからねえ」


 ランジェさんがそう言ってくれるのはとても嬉しいが、確かにランジェさんは自分の気に入った依頼しか受けなかったりと、少し変わっているというのは否定できない。


「リリアは何か不満とかあったりしない? 明日フィアちゃんにも聞いてみないと。店長の俺に問題があるとか言われたらマジで凹むんだけど……」


「とりあえず落ち着けテツヤ、不満なんてない。少なくとも店に対する不満でないことは、私が保証するから安心しろ。もしも本当にドルファが辞めるとしたら、おそらくは家庭の……いや、妹のアンジュの事情だろうな」


「そうなのかな。もしそうなら何か力になれるといいんだけど……」


 もしもドルファかアンジュさんに何か事情があるのなら、力になってあげたい。従業員が快適に働ける環境を作るのも店長の仕事である!


 コンコンッ


「テツヤさん、待たせてしまってすまない」


「大丈夫、今開けるよ」


 リリアとランジェさんと話をしていたら、ドルファがやってきた。


「夜分遅くにすみません」


「いえ、大丈夫ですよ。アンジュさんもどうぞ上がってください」


 ドルファと一緒にアンジュさんも一緒に来ている。やはり、これはリリアの言った通り、妹のアンジュさんになにか事情があるのかもしれない。


 このお店には応接室なんて部屋はないので、普段生活している居間のテーブルにドルファとアンジュさんが座り、その正面に俺とリリアとランジェさんが座る。そしてゆっくりとドルファが話を切り出す。


「実は……」


 胃が痛い……お願いします、頼むからドルファが店を辞めるとか言い出さないで!


「テツヤさんに頼みがある。妹のアンジュをこの店で雇ってくれないか!」


「テツヤさん、私をこちらのお店で雇っていただけないでしょうか!」

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