第103話 鍛冶屋への依頼


「すみません、本日の営業はついさっき終わってしまったところで……」


「そうか、間に合わなかったようだな。どうする、テツヤ?」


「今日は約束もしてないからね、明日また改めて来よう」


 新商品であるアルファ米の販売を始めてから2日後、今のところは新商品の売り上げも順調だ。今日はお店を閉めたあと、みんなで閉店作業を終えてから、リリアと一緒に前に一度訪れた鍛冶屋へとやってきた。ランジェさんは女の子とディナーらしい……


 残念ながらタッチの差で鍛冶屋の営業は終わってしまったらしい。明日は閉店作業をもう少し早めに終わらせてから来るとしよう。一応グレゴさんに伝言だけ伝えておいてもらおうかな。


「おう、リリアにテツヤじゃないか?」


「あっ、グレゴさん」


「お、親方!?」


「グレゴ殿、ご無沙汰しているな。すまない、ちょっと依頼したいことがあったのだが、遅くなってしまった。また明日改めてお邪魔させてもらおう」


「なんじゃ、別に構わんぞ。リリアとテツヤの依頼か、面白そうじゃ。さあ、中に入ってくれ!」


 グレゴさんはこの始まりの街であるアレフレアの街で一二を争うほどの有名な鍛冶屋の親方だ。元Bランク冒険者のリリアもこの街に戻ってきてからは、グレゴさんに武器や防具の手入れをお願いしている。


 以前にリリアの紹介で挨拶に来たことがあるが、ローテーブルや折りたたみスプーンやフォークなどのキャンプギアにすごく興味を持っていた。それに今のアウトドアショップがオープンしてからも何度かお店に来て、商品を買ったりもしてくれていた。




「そういえばまた新しい商品を売り出したようだが、どんな商品だ? 前に売っていたあのシェラカップとかいう計量ができる道具だが、あれはかなり良い仕事をしておった。どれもきっちり同じ形に加工されておって、正確に同じ量の水を計れるようになっておったぞ!」


「ありがとうございます。今回はお湯を加えると食べられるようになる非常食です。いろんな味もあって、普通に食べてもなかなか美味しいと思いますよ」


 グレゴさんは棒状ラーメンやインスタントスープよりも、ローテーブルやシェラカップのようなキャンプギアのほうに興味があるらしい。まさに職人さんと言ったかんじだな。


「なんじゃ、食品関係か。それで、ワシに依頼とはどういった用件じゃ?」


「こんなことをグレゴさんに頼んで良いのか分からないんですけれど、グレゴさんに作ってもらいたい物がありまして……」


 実際のところ、一流の鍛冶職人のグレゴさんにこんなことを依頼しても良いのか疑問なのだが、リリアに相談したところ、グレゴさんなら面白そうな依頼を引き受けてくれるだろうというわけで、ダメ元で相談にやって来た。


「実は今度こういった商品を販売しようと思っていたところでして……」


 持っていたバッグから、一口サイズのようかんとチョコレートバーを取り出した。


「こいつは食い物なのか?」


「ええ、実はこれはお菓子なんです。まずは味を見てもらえませんか?」


「ふむ、この街で菓子とは珍しいな。どれ……ほうっ! こいつは甘いわい! それに甘いだけじゃなくうまいのう! こいつはワシが今まで食べたことのあるどんな菓子よりもうまいぞ!」


 おお、そこまで食に興味がないグレゴさんでもここまでの反応を見せるとは、ようかんとチョコレートバー恐るべし……


「実はこのお菓子なんですけれど、ただ甘くて美味しい菓子というだけではなくて、カロリー……エネルギーもあって携行食としても優秀なんですよ。ですが、唯一欠点があって、それほど日持ちしないんです」


 他に販売している棒状ラーメンや栄養食品やアルファ米とは異なり、ようかんとチョコレートバーはあまり日持ちがしない。そのため、店での販売は控えていた。


「そこでグレゴさんに依頼したいのですが、完全に密閉できて、熱湯の中に入れても大丈夫な容器を作ってほしいんです。その容器に食べ物を入れると普通よりも日持ちするようになるんです」


 そもそも食べ物が痛む理由は、空気中にいる微生物が食べ物にある水分を使って増殖し、微生物が増殖する過程で食べ物が腐っていく。


 それをできる限り防ぐためには、燻製や塩漬けなどで食べ物の水分を極限まで減らしたり、他の微生物や菌が入らないように密閉した上で煮沸消毒することによって、中の微生物や菌を殺菌することができ、増殖を防ぐという方法があげられる。


 今回は後者の方法を取りたいのだが、市場を探してみても、密閉した上で煮沸消毒に耐えられる容器は見つからなかった。見つからないのならば作ってしまおうという発想でグレゴさんの鍛冶屋を訪れたというわけだ。


「ふむ……完全に密閉できる上に熱湯の中に入れても問題ない容器か……」


「繰り返し使えて、液体もこぼれないと、さらにありがたいですね」


 ここまで言えば元の世界の人なら分かると思うが、繰り返し使えるレトルトパウチみたいなものが理想なんだよな。もしもそれができれば、レトルトカレーの販売もできるようになる。


 俺の能力なら、指定した容器の中に購入したものを直接出すことができる。密閉した容器を煮沸消毒してから、乾燥させて冷まして商品を入れることにより、かなり賞味期限が延びてくれるはずだ。


 賞味期限が延びてくれれば、いろいろな商品が販売できるようになり、他の街にまで商品を運んで販売することができるようになる。


「……なかなか面白そうじゃな。それにこの菓子が食えるようになるのはありがたいのう」


「試作品を作る費用についてはすべてこちらで持つので、試してみてもらえませんか?」


 アウトドアショップの能力がレベルアップしてから、店の利益も大幅に増えた。そのおかげでグレゴさんに試作品を作ってもらうくらいの余裕はできた。


 ……もちろん試作の金額の上限は決めさせてもらう。グレゴさんみたいな職人さんって、こだわるところにはとんでもなくこだわるからな。知らないうちにとんでもない素材とかを使われては困る。


「うむ、ええじゃろ! この依頼引き受けるぞ。ただし、今は他にも多くの依頼を受けておるから、少しばかり時間が掛かるかもしれん。それでも良いか?」


「ええ、もちろんです! よろしくお願いします!」


 おお、まさか本当に受けてもらえるとは思わなかったぞ。別にこちらも急ぎではないからな、のんびりと試作品ができるのを待つとしよう。

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