第67話 従業員の面接


 昨日の夜は楽しかったな。無事にお店をオープンして1週間が経ったこともあり、久しぶりに後のことを考えずに飲み食いした気がするよ。


 酒は一杯しか飲まなかったが、むしろ一緒に酒を飲む相手がいなくて良かったかもしれない。もし酒を飲む相手がいたら、二日酔いになって今日の従業員の面接に支障が出ていたかもな。


「休みの日なのに付き合ってもらって悪いね」


「なあに、一緒の店で働く仲間になるのだからな。私もどんな人がこの店で働くのか気になるところだ」


 従業員の面接は商業ギルドの一室を借りておこなうことになっている。休みの日にリリアに同行してもらうのは申し訳ないが、俺では応募者の戦闘力がどれくらいあるのか分からないからな。


 もちろん休みの日に働いてもらうのだから、休日手当ては出す予定だ。我がアウトドアショップのお店はホワイト企業である。


 ……今週は忙し過ぎたが、来週からはマシになるはずなので、ホワイト企業であると言ったらホワイト企業なのである。






「つーわけで、以前は別の街でCランク冒険者までいったんすけど、これ以上はやべーって思って冒険者は辞めたっす。んで今はこの街の知り合いの宿屋で働いてんすけど、これがまた給料が安くてしんどいんすよね。


 従業員の募集を見て、これは運命だったと思ったんすよ。最近この街でめちゃくちゃ噂になっている店だし、給料も今の宿屋よりも高くなんで、こっちの店で働きたいっす。


 ほら、俺って顔もイカすんで女冒険者の客もバッチリっすよ! バリバリ働くんでよろしくお願いしやっす!」


「……はい、ありがとうございました。それでは、結果は夕方以降に商業ギルドの掲示板のほうに張り出しておくので、お手数ですがもう一度商業ギルドまでお越しください」


「うす!」


 バタンッ


 現在商業ギルドのとある一室を借りて、お店の従業員の求人に集まってくれた人達の面接をしている。結局応募がきたのはたったの3人しかいなかった。


 やはり、求人の際に接客だけではなく、護衛が可能なCランク冒険者に近い戦闘能力がある人と条件をつけたため、これほど少なかったのだと思う。


 逆を言えば、駆け出し冒険者が多いこの街で、3人も応募があったのはありがたいことだ。そして現在は1人目の応募者の面接をしたのだが……


「リリア、どう思う?」


「……あまりこの店の従業員に適しているとは言えないな。接客に不安があるし、なによりこのお店の秘密を守れるとは思えないな」


「そうだよなあ……最悪接客は指導すれば良いかもしれないけれど、今回一番大事なのはそっちのほうだからね」


 今回の面接で一番大事にしたいのは、俺のアウトドアショップの能力の秘密を守れそうな人かどうかだ。


 雇ってしばらくの間はアウトドアショップの能力の秘密を話すつもりはないが、いずれは俺の能力のことについて話す可能性が高い。


 さすがにこの短い時間の面接で彼の性格のすべてがわかるわけではないが、彼を全面的に信頼できるかというと少し怪しい……


 ランジェさんも軽い性格をしているけど、あの人は本気でやってはいけないことは分かっていそうなんだよな。失礼だけど、この人はやっちゃいけないことをやって、炎上してしまいそうな雰囲気だ。


「それに長く続けられるかも怪しいな」


「確かに……」


 今回雇う従業員は長期で募集している。失礼だが、長期で勤められるかは怪しいところだ。お金を積まれたら簡単にこのお店の秘密をしゃべって、他の店にいってしまいそうである。人を見る目が甘いリリアでさえこの評価だからな……


「とりあえず次の人にいこう」




「というわけで、今までひとりで行商を続けてきました。自分の身を守るために鍛えてきたので、魔物や盗賊に襲われたこともありましたが、すべて返り討ちにしてきました」


 2人目の応募者は、今まで村や街を渡り歩いてきた行商人だ。この世界の村や街をひとりで渡り歩いて商売をしていくためには、相応の実力が必要になるらしい。


 すでにリリアに彼の身のこなしを見てもらったのだが、Dランク冒険者の上位くらいはあるそうなので、実力的には問題なさそうだ。


「いつかは自分の店を持ちたいという夢があります。こちらのお店では他の商店では売られていない珍しい商品を取り扱っているので、ぜひその手腕を勉強させていただければと思っております!」


「……はい、ありがとうございました。それでは、結果は夕方以降に商業ギルドの掲示板のほうに張り出しておくので、お手数ですがもう一度商業ギルドまでお越しください」


「はい、よろしくお願いします!」


 バタンッ


「リリア、どう思う?」


「ああ、彼なら良いと思うぞ。接客も戦闘力のほうも問題なさそうだ」


「なるほど……」


「テツヤは何か気になることでもあるのか?」


「……少しね。接客は問題なさそうだし、戦闘力もリリアが問題ないと判断してくれたから問題ない。ただ彼は嘘をついている気もするんだよね」


「嘘?」


 元の世界では営業をしていたため、沢山の人達と交渉をしてきた経験がある。人は嘘をつくときに目線を上に泳がせたり、必要以上に饒舌になったり、口元を触ったりするなどといったいくつかの仕草を取ることが多い。


 彼はその嘘をつくときの仕草が非常に多く目立った。普通の人でも癖などで1〜2回その仕草をすることはあるが、これだけ当てはまるのはさすがに怪しい。


 悲しいことに、またブラック企業での経験が役に立ってしまったようだ……この経験がブラック企業での面接の時に使えていたら、残業なんてほとんどないと面接で騙されることもなかったのに……


「うちの店の商品の仕入れルートだけ探ろうとして、すぐに辞めてしまう可能性もあるな。あと一番の問題は、もし本当に勉強しに来てくれたとしても、仕入れの仕方とか教えてあげられないんだよね……」


「ああ、確かに……」


 もし彼の言ったことが本当だったとしても、うちのお店は特殊なので、あまり自分の店を持つ時の参考にはならないんだよな。


 仕入れもそうだし、俺もこの世界で商人のことを学んだわけではないし、教えられることが何もなさそうだ。

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