第66話【閑話】とある駆け出し冒険者達の1日②


「うん、うまい!」


「本当にあの干し肉とは思えないわよね!」


「ああ。それにお湯に入れるだけでこんなにうまいスープが飲めるなんてありがたい!」


 できあがった干し肉入りスープをテツヤの店で売っている折りたたみスプーンで食べる。これは普通のスプーンと違って折りたためるから、多少は荷物のスペースの節約になる。


 肉や野菜の旨みが凝縮されたような濃厚なスープ、お湯で茹でたことにより柔らかくなった干し肉、コショウ以外の様々な香辛料の入ったアウトドアスパイス。それらが合わさるだけでこんなにも贅沢な味になる。


「やっぱり俺はコンソメが一番好きかな」


「俺はたまごスープが一番だ。あの優しい味は他では味わえない」


「う〜ん干し肉と合わせるなら味噌汁が一番好きかな。スープだけだったらコーンスープが一番好きなんだけどね」


「……あの味は酷かったな」


「……ああ、思い出したくもない」


 他のスープにも干し肉とアウトドアスパイスを入れて食べてみたことはあったけれど、あのコーンスープには絶望的に合わなかった。


 スープだけだったらあれほどうまいのに、この干し肉と合わせると、甘味の強いスープの味と干し肉の臭いがお互いを駄目にしてしまったようだ。


「このアウトドアスパイスもすごいわよね。本当になんでも使えて便利だわ」


「ああ、テツヤには感謝しないといけないな」


 このアウトドアスパイスという調味料は店では売っていないけれど、俺達には特別に売ってもらっている。テツヤのやつは俺達のことを命の恩人なんて言うけれど、他の冒険者でもテツヤを助けただろうし、もう十分にその恩は返してもらっていと思うんだけどな。


「よし、腹も膨れたし、午後も頑張ろうぜ!」


「おう!」


「ええ!」






「……ふう、今日はこんなものかな」


「ああ、いつもよりは少ないが十分だろ」


 午後も森を探索したが、出てくるのはゴブリンばかりで大きな獲物を狩ることはできなかった。だけどこんなことは冒険者をしていればよくあることだ。


「……ロイヤ、ファル! そっちに何かいるわ!」


「「っ!!」」


 ニコレが小声で俺達に合図を送ってくれる。俺は即座に剣を抜き、ファルは弓を構えて臨戦態勢となった。


「……先行する。何かあったら援護を頼む」


 ファルとニコレが頷くのを見て、音を立てないようにニコレの示した方向へゆっくりと向かう。


「ブモオ」


 少し先にいたのはイノシシ型のモンスターのワイルドボアだ。この森の中ではかなり強いモンスターになる。森の奥ではなく、この辺りにいるのは珍しい。向こうはこちらに気付いていないようだ。


 コクッ


 ニコレとファルに目で合図をして位置につく。テツヤの護衛依頼の時には向こうから攻められた挙句、リリアさんに助けてもらったが、向こうがこちらに気付いていないなら、俺達でも十分に勝てる相手だ。


 シュッ


「おらあああ!」


「ブモオオオオ!?」


 ファルの放った矢を合図にワイルドボアに斬りかかる。


「くそっ、浅いか!」


 ワイルドボアの腹のあたりを斬ったが、傷が浅かったらしく、まだ絶命していない。


 シュッ


「ブモ!?」


 ファルの矢とニコレの投げナイフの追撃がワイルドボアにヒットする。


「トドメだ!!」


 ザンッ


 確かな手応えとともに、剣がワイルドボアの首元をとらえた。しかし油断はせずにすぐに離れて剣は構えたままだ。


 ワイルドボアが倒れて動かなくなってからしばらく待つ。ワイルドボアが絶命したのを確認してから剣を下ろす。


「やったな!」


「2人ともナイス!」


「ああ。だけど気を抜くのはまだ早いぞ。とりあえず血抜きしながら川へ運ぼうぜ」


 どんな時でも油断はしない。以前にテツヤの依頼に同行してもらったリリアさんから、いろいろと冒険者の心構えについて教えてもらった。


 モンスターのほうからいきなり攻撃を仕掛けてくることもあるし、森にいる時は常に気を抜いてはいけないんだ。





「最近はロイヤも全然油断しなくなったよね」


「ああ、前は結構気を抜くことが多かったけれど、最近は集中しているな」


「せっかくリリアさんがアドバイスしてくれたんだからな。ファルも前に比べたら弓を構えるのが本当に速くなったよ」


「ああ。やはりナイフや剣と違って、弓は構えるまでにどうしても時間がかかるから、しっかりと練習したんだ。ニコレもよくあれだけ離れていたワイルドボアに気付けたよ」


「うん。私もリリアさんのアドバイスを聞いてから、話しながらでも周りの音を意識するようにしたんだよ!」


 どうやら俺だけじゃなくてみんなもリリアさんからもらったアドバイスをしっかりと実践しているようだ。


 あのワイルドボアの突進を右腕一本で軽々と止めたのは本当に驚いた。俺もいつかリリアさんみたいな強くて格好いい冒険者になってやる!




「……よし、解体作業も終わったな」


 川場に運んだワイルドボアは毛皮や牙や骨、肉に分けて綺麗に解体されている。


「最後にこれだけでかい獲物が狩れたのはラッキーだったな。これでしばらく肉の心配をする必要はなさそうだ」


「それにワイルドボアの素材は結構な値段で売れるからね!」


 解体した肉や素材をブルーシートと呼ばれている大きな布のような物に包む。このブルーシートは血などの液体が染み出さないから、別の荷物を汚さずに持ち運ぶことができる。


 それに解体をする時もこれを敷けば、解体し終わった肉や素材を汚さずにすむ。


「なあ、せっかくだからワイルドボアの肉はテツヤ達に少しおすそ分けしないか?」


「おっ、そうしようぜ、ファル! 最近はテツヤの店で売っている道具のおかげで、依頼や狩りが楽になってきたもんな。たまにはこっちからもお礼をしようぜ!」


 テツヤは俺達を命の恩人と言っていろいろと優遇してくれているけれど、むしろ俺達のほうがいろいろと助けてもらっている気がする。


 今日は最後に大きな獲物を狩ることができたし、こっちからもちゃんとお礼をするとしよう。いずれは俺達もこの街を出ることになるが、それまでは今の関係を続けていければいいと思う。


「そうしましょう! それにフィアちゃんにも会えるしね!」


「「………………」」


 ニコレのやつは昔からなぜか可愛い女の子が好きなんだよな……最近ではテツヤの店にいる獣人の女の子にご執心のようだ。


 出会った時にやらかしたせいで、最初はすごく警戒されていたみたいだけどな。また危なくなったら、ファルと全力で引き剥がそうと決めている。


 まったく、これさえなければニコレは普通に可愛い女の子なんだけどな……

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